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2021-06-14 00:00
EUの「インド太平洋戦略」と今後のポイント
渡邊 啓貴
帝京大学教授/GFJ有識者世話人/JFIR上席研究員
EUの「世界戦略」を担うインド太平洋戦略
この五月本年3月には2015年の『戦略防衛・安全保障レヴュー』を見直した『競争的時代のグローバル・ブリテン、安全保障・防衛・開発・外交政策の統合レヴュー』を発表したが、その内容は偉大な英国の再現だ。ドイツも2020年9月に『インド・太平洋ガイドライン』を発表し、今夏フリゲート艦を東シナ海に派遣する予定だ。
「インド太平洋戦略」骨子を発表
4月16日EUは「インド太平洋協力戦略(以下「戦略」)」の結論(骨子)を発表した(公式のインド太平洋戦略は本年9月に発表予定)。「戦略」では、インド太平洋地域は、世界⼈⼝の60%を占め、世界の国内総⽣産(GDP)の60%、世界の経済成⻑の3分の2の請負い、2030年までに予想される世界の中間層24億⼈のうちその圧倒的⼤多数(90%)がインド太平洋地域の住人であると予測される今後世界でもっとも重要な地域だ。またこの地域は世界の海上貿易の6割の舞台であり、そのうち3分の1は南シナ海を通過する。それだけに地域諸国だけでなく、欧州諸国にとってもこの地域の通商・海運航路は安全でなければならない。こうした戦略文書の見方は日本が提唱する「⾃由で開かれたインド太平洋」戦略と符合する。
しかし現実にはこの地域では通商貿易・サプライチェーンは、不安定な政治・安全保障環境の中にある。したがってEUにとって今後一層重要になる経済パートナー諸国の地域の安全にどのようにしてコミットしていくのかということは喫緊の課題である。米中露の角逐の場としてこの地域にヨーロッパ無関心ではいられないというのが本音だ。そこに欧州のプレゼンスを確保したいというのは当然であり、この「戦略」はEUの世界戦略の一環だ。そこにこの「戦略」の本質的意味が浮かび上がってくる。
しかもEUが指摘する「インド太平洋地域」とは、アフリカの東海岸から太平洋諸島諸国までを包含する広範な地域を意味する。日本で議論されている東シナ海を中心としたコミットだけではない。外交しばしば同床異夢だとしても、中国包囲網という立場だけからEUの戦略を位置づけるなら、日本外交の視野は狭く限定されてしまうことになる。むしろEUのインド太平洋への関心は広範で包括的なものだ。欧州から見るこの地域は権威主義的体制が分布する地域だ。したがって、EUの関与は、⺠主主義、法の⽀配、⼈権などの価値規範をめぐる関与も含んでいる。その協力関係は、グローバル・イシュー全般に及び、開発協⼒・⼈道援助・気候変動・ ⽣物多様性・環境汚染・感染予防/保健衛生・⼈権や航⾏の⾃由を含む国際法の順守など、この地域での秩序の安定と発展への全般的な関与戦略でもある。それは日本の協力者であると同時に、平和的な「競争者」としての一面も潜在化させている。
広範な世界戦略としての戦略的自立
こうしたEUの新たなアジア政策の背景にはEUの「戦略的自立」という発想がある。2003年イラク戦争の年末に初めての戦略文書(『よりよい世界における安全なヨーロッパ―ヨーロッパ安全保障戦略』、俗称『ソラナ戦略』)を採択したが、2016年には戦略ペーパー「グローバル戦略」で「戦略的⾃⽴」を打ち出し、EU統一軍の試みとしての常設防衛協力枠組み(PESCO)の発足にまで至っている(拙稿前掲Janet e-World (2021/03/17))。この「戦略的自立」は一般にEUの対外・安全保障政策の中で論じられることが多い。たしかに米国の影響力の後退やトランプ政権の「アメリカファースト」による米欧関係の混乱の中で米国にこれ以上頼れないという気持ちが大きくなっているのは確かだ。2016年秋トランプ政権誕生直後に最初に欧州の自立を主張したのはほかならぬメルケル独首相だった。
他方でそうした域外関係の自立の一方、戦略的自立とは欧州の指導者の間で域内統合推進のための求心力を強化するための経済社会領域を含む包括的な統合推進の意味でもある。戦略的自立には対外的意味だけではなく、域内協力の意味もあるのである。たとえば、EU独自の財源としてのデジタル税・国境炭素税導入、次世代半導体生産世界シェア20%・「エッジコンピューティング」・IT専門家2000万人養成などを含む「デジタルコーパス」、ドルへの依存度を低下させるための最大3250億ユーロに上る「グリーンボンド(環境債)」など経済・テクノロジーなどの戦略的分野における統合の目標はEUの自立を意味する。昨年12月に合意した研究・イノベーション枠組みプログラム(Horizon Europe 2021-27年)はそれを支える。とくに昨年から発足したフォンデアライエン欧州委員会委員長の新たな体制では、「グリーンディール(温暖化防止と環境保護・関連産業の育成)」と「デジタル・トランスフォーメーション」の二つの分野でのEUの競争力強化と国際協力が試行されている。戦略的自立とは実際にはEUの広範な世界戦略と言ってよいのである。
ボレル外交安全保障政策上級代表(EU外相)は三月末のEU公式サイトで「今日の世界は《二進法(二項対立・米ソ二極対立、筆者)》ではなく、《多極》なのだ」と言明し、欧州は防衛上の「対米依存」からも、経済的に過剰な「対中依存」からも脱し、自立すべきだと主張した。トランプ大統領時代の関税戦争、パリ合意・イラン合意・INF条約からの離脱など絶え間ない摩擦に懲り、バイデン政権になってもまだ対米不信をぬぐえず、他方で不安定なアジアに対してきちんと対応していかねばならないというEUの独自の姿勢の模索である。それは米中「G2」時代の欧州の「生き残り戦略」でもあるが、インド太平洋地域への関与拡大の背景にある発想だ。
「EUユーラシア連結性」---鍵はASEANとの協力
EUのアジアでの協力は広範かつ多岐に及ぶが、その大きなポイントはユーラシアからインド太平洋地域に及ぶ多角的かつ多様な「コネクティビティ(連結性)」を特徴とする。EUの「ユーラシア」政策の中で中国が切り離されているわけではない。EUは2018年9月「欧州・アジア連結性戦略」を採択したが、そこでは、交通網の連結、共通の基準やインフラ整備を含むデジタルネットワークの連結、再生可能エネルギーを中心とするエネルギー網の連結、人的交流、二国間協力、多国間協力、国際協力を提唱し、国際機関と連携したインフラ投資を目標としている。そして同年翌月のASEM(アジア欧州会議)ではユンカー欧州委員会委員長と李克強首相が中国の一帯一路構想とEUの欧州・アジア連結性戦略が相乗効果を発揮できるようにすることで合意している。EUは「コネクティヴィティ (連結性)」と質的インフラ整備を重ねた観点も重要視し、EU・アジア・コネクティヴィティ (接続性)戦略、「持続可能なコネクティヴィティと質的インフラに関する日EUパートナーシップ」、インドとの「グリーン・エネルギー回廊」、「EU・ASEAN包括的航空輸送協定(CATA)の交渉開始の合意(2020年10月)」、「産業4.0協力」「超5G対話」、文化・科学交流の活発化がある。米国中心のグローバル化による単一市場依存への警戒を意味する。
「戦略」実現パートナーとしてはEUは同じ地域統合を進めるASEANとの多国間協力に大きな期待がもたれている。EUは多国間協力枠組みを基本とするためASEANとのパートナシップは受け入れやすい。ASEANの中心国としての立ち位置(centrality)を尊重する。アジア欧州会議(ASEM)の活性化はその有効な手段となるだろう。
「戦略」の中でも安全保障協力としては、ARF(ASEAN地域フォーラム)を重要視する。4月29日の第12回ARFのARF IS M(会期間会合)のひとつである海洋安全保障ISMではEU対外行動庁(EEAS)・EU海軍作戦「アトランタ」の担当者とヴェトナム・オーストラリア外務官僚を含む100名以上が参加、平和・安定・安全保障・ルールを基礎とする秩序について議論した。基本は国連海洋法(UNCLOS)にもとずく安定秩序のために協力であるが、「海洋安全保障2018-21」「ハノイ行動計画II」(2020-25)実現のための協力、ASEAN防衛閣僚会議プラス(ADMMP)を通した協力などが進められている。
紙幅の関係で省略するが、経済分野での「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP)」や「地域包括経済連携協定(RCEP)」の多国間枠組みでの協力はもとより、先に挙げた「連結性」の諸分野での協力取り組みがインド太平洋戦略文書にも含まれている。研究イノベーション協力としてのHorizon Europeや学生交流のためのERASMUS+の試みなど総合的な協力アプローチが掲げられている。「EU-ASEAN戦略パートナー 青書2021」には包括的な協力関係が示されている。このように考えると、当面の安全保障面での欧州諸国との協力は不可欠であるとしても、日EU間のインド太平洋地域での多国間協力の核心はもっと広範で多角的である。今後のインド太平洋戦略の大きなポイントはASEANとの関係にある。
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