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2025-10-24 00:00
国際政経懇話会談話:「イスラエル人」の世界観
大治 朋子
毎日新聞専門編集委員
(1) イスラエル・パレスチナの基礎情報
イスラエルとパレスチナは、地理的に極めて狭小な空間に共存している。イスラエルは四国より小さく、南北で約6〜7時間、東西で約1時間強の移動圏に収まる。ガザはさらに小さく、東西は十数分、南北は約1時間で走破可能な規模に、わずか二百万人超が暮らす。イスラエルの人口構成はユダヤ系が約四分の三、アラブ系が約四分の一である。言語は長らくヘブライ語とアラビア語の二言語体制であったが、2018年の法改正によりアラビア語は「特別な地位」へ格下げされた。本稿でいう「イスラエル人」とは、文脈上ユダヤ系イスラエル人を指す。
(2) イスラエル人の国家認識:起点史観と記憶の制度化
イスラエル人の国家認識は二つの起点をもつ。第一は、旧約聖書の物語に基づく「約束の地」への帰還ナラティブである。古代イスラエル王国とエルサレム神殿の記憶は、国旗のダビデの星、国章のメノラなどに象徴され、「我々はずっと前からこの地にいた。帰ってきた民である」という物語を補強している。第二は、1947年の国連分割案受諾と1948年建国を起点とする近代史観である。イスラエルは分割案を受け入れ、アラブ側は拒否したという整理のもと、「建国しなかったのは自己責任」とする語りが国内で主流化している。これら二つの史観は、対外的脅威認識と抑止の正当化に接続され、国家・軍隊・領土の三位一体を生存の前提として位置づける。
(3) 領域変化、組織分岐、10月7日以降の安全保障
英委任統治期にはアラブ系住民が多数を占めていたが、分割案提示とユダヤ人移住の増加、戦闘を経て、イスラエルの実効支配域は戦争のたびに拡大した。現在、占領地にはユダヤ人入植地が点在し、パレスチナ側地域は「虫食い」状に分断されている。政治組織は二分され、ファタハは暫定自治と二国家構想を支持する一方、ハマスはイスラエル承認を拒否し武装闘争を掲げる。2006年の選挙でハマスが勝利後、ガザを実効支配し、イスラエルは封鎖を強化した。2023年10月7日の攻撃では約1200人が殺害され、251人が人質となった。イスラエルではこれを「ホロコースト以来の虐殺」と位置づけ、「Security大国」としての誇りが深く傷ついた。徴兵制と予備役の長期動員が社会・経済・精神面に深刻な影響を与え、市民の約3分の2がPTSDやうつの症状を示すとの報告もある。イスラエル社会は「Resilience(回復力)」「Flexibility(柔軟性)」「Mobility(機動力)」「Unity(団結)」「Optimism(希望)」をキーワードに、長期戦下でも国家の強靭性を対内外に示そうとしている。
(4) 作戦思考と認知心理:草刈りドクトリンと道徳的距離
イスラエルの軍事ドクトリンの中核には、敵対勢力の「意志」は不変であるという前提がある。そのため、敵の「能力」を定期的に削ぐという、いわゆる「草刈りドクトリン(mowing the grass)」が定着している。能力が危険水域に達すれば空爆や地上戦で抑止と打撃を同時に行う。認知心理面では、10月7日事件の被害映像の繰り返し報道により、「被害者意識の強調」が社会全体に定着し、ガザ住民全体をハマスと同一視する傾向が強まっている。その結果、敵の非人間化や道徳的無関心が生じやすくなっている。入植地拡大は宗教的信念、安全保障上の緩衝地帯形成、開拓者倫理の三重の論理で正当化され、国際法違反との批判と衝突している。また、紛争当事者に普遍的にみられる「自己正当化」「脅威の誇張」「敵の非人間化」「自集団の美化」「被害者意識」「愛国的犠牲の合理化」が、イスラエル社会にも顕著に観察される。圧倒的軍事優位を持ちながらも、「小さなダビデ対巨人ゴリアテ」という物語構造に回帰し、「包囲された弱者」としての自己像を持続させている。
(5) 日本の立場と今後の課題
日本は「二国家共存」を支持しつつ、現段階ではパレスチナ国家を正式承認していない。背景には、米国との同盟関係、イスラエルとの経済・技術連携維持がある。他方で、日本はパレスチナに対して累計約26億ドルの支援を行い、2023年10月以降も約2億3000万ドル規模の人道・物資支援を実施している。イスラエルはガザ統治の長期化に伴う政治的・経済的・社会心理的コストを抱え、欧米諸国によるパレスチナ国家承認の波に直面する可能性が高い。日本は人道・復興支援を軸にイスラエル・パレスチナ双方との信頼構築を進め、道義的立場と現実主義的外交の両立を図ることが求められる。
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