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好調な米国経済の裏にあるリスク   
投稿者:大井 幸子 (東京都・女性・SAIL代表・-)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-15 17:19 [修正][削除]
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3432/3432
 12月8日に11月の米雇用統計が発表された。非農業部門の就業増数が22万8千人と堅調な伸びを示し、失業率は4.1%と17年ぶりの低さとなった。また、1時間当たりの賃金は0.2%増と堅調なファンダメンタルズが確認された。このため、来年2月以降、次期パウエル議長のもと、FRBは3回は利上げをしていくと見込まれる。

 一方、同じ8日は連邦政府の公的債務残高が上限に達する「デットシーリング(債務上限)」の日となり、継続予算が失効したことになる。通常は議会が上限を撤廃し、債務を増やしていく。しかし、永遠に続く訳ではない。もし上限が撤廃されなければ、政府機能停止や国防費にも支障がでる。金融面では米国債の利払いが迫り、まさかのデフォルトの可能性も出てくる。

 それでも、トランプ大統領は大型減税政策実施を進め、その期待感からNY市場では連日株価が上昇した。米国も「株価連動政権」なのか、株高が続くうちは北朝鮮問題や荒れる中東情勢(トランプがイスラエルの首都をエルサレムとするなど)といった地政学リスクにもかかわらず、政権は継続するのかもしれない。

 さて、地政学リスクについては、北朝鮮への攻撃の日は近いといったマクマスター大統領補佐官の発言にあるように、かなり緊張が高まっている。しかも北朝鮮の脅威をまともに受けるのは日本である。現に日本海へは北朝鮮から人間魚雷ならぬ「人間細菌兵器」の疑いのある漂流者が流れ着いている。核弾頭を防御する武器を使う以前に既に恐ろしい武器(結核菌や天然痘などのウィルス)を人体に埋め込まれたボートピープルが日本に送り込まれている危険性がある。数十万人ものボートピープルが押し寄せてくるような非常事態に対して、政府は本当に国民の生命と財産を守れるのか。地政学リスクは人ごとではなく、日本の存続をも揺るがすリスクである。

北朝鮮の“イスラムすり寄り”は無理   
投稿者:倉西 雅子 (神奈川県・女性・政治学者・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-14 10:08 [修正][削除]
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3431/3432
 北朝鮮は、国際法に違反して核・ミサイル開発を継続し、かつ、再三にわたる国連安保理決議による同計画の放棄要求を無視してきましたので、上記の対米批判理由には唖然とさせられるのですが、この批判は、北朝鮮が、エルサレム首都認定問題を機にイスラム側に味方することで、深まりつつある国際的孤立から脱しようとする意図があるとの解説があります。しかしながら、この北朝鮮の“イスラムすり寄り”は、無理なのではないかと思うのです。

 イスラム教も、『旧約聖書』に記される“神”の啓示の下で成立しており、マホメットによる様々な“神”の言葉の他に、他の神を信じることを禁じると共に、偶像崇拝をも禁止する「モーセの十戒」をも継承しています。敬虔なイスラム教徒は、メッカに向かって毎日祈を捧げることはあっても、神像などの偶像を拝むことはしません。一方、北朝鮮は、共に独裁容認思想である共産主義と主体思想が入り混じったカルト国家です。宗教は麻薬と断じたマルクスに従い、既存の宗教は否定される一方で、独裁者は神格化され、国民に対してその像を“神”として礼拝する偶像崇拝が強要されているのです。また、ソ連邦でもロシア革命の指導者であったレーニンの遺体は永久保存処置が施されましたが、北朝鮮でも、金日成等の歴代の指導者の遺体は特別の廟に祭られています。北朝鮮は、世俗国家ではあっても、神ならぬ人を拝む偶像崇拝が体制化された国であり、イスラム教諸国とは対極にあるのです。

 加えて、その解釈には様々な問題を含みつつも(例えば、イスラム教は「汝殺すなかれ」を無視)、「モーセの十戒」をも継承するイスラム教には、一先ずは、社会倫理や道徳としての行動規範がシャリーアなどの戒律として定められています。“神は善をなすものを愛す”とし、人々に善行を勧めてもいるのです。今般の北朝鮮の核・ミサイル開発は利己的暴力主義の極致にあり、イスラムの教えに照らしても悪行でしょうから、イスラム教諸国が、北朝鮮に対して積極的な連帯を示すとも思えません。否、北朝鮮に対する支援は、原理主義者のテロ等によって著しく損なわれたイスラム教に対するイメージをさらに悪化させないとも限らないのです。

 北朝鮮は、“敵の敵は味方”の打算から対米批判声明を公表したのでしょうが、イスラム諸国は、同国の思惑通りには動かないのではないでしょうか。イスラム諸国にとっての北朝鮮は、“敵の敵は味方”ではなく、敢えて言うならば、“敵の敵は神の敵”なのですから。

(連載2)「米国大使館のエルサレム移転」がふりまく火種 ← (連載1)「米国大使館のエルサレム移転」がふりまく火種  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-13 10:03 [修正][削除]
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3430/3432
 ところが、冒頭に述べたように、トランプ政権はエルサレムに米国大使館を移転する方針に転換。これは大統領選挙の最中からトランプ氏が掲げてきたもので、その背景としては米国社会で大きな影響力をもつユダヤ人から政治資金を調達する目的があったことや、娘婿クシュナー氏をはじめトランプ政権にユダヤ教徒が多いことなどがよくあげられます。これらはもちろん否定できませんが、その一方でいかにトランプ氏がイスラエル寄りであったとしても、大使館を移転すればエルサレムをイスラエルの首都と認めるに等しく、それが大きなリスクをもつことは理解していると思われます。それにもかかわらずトランプ大統領が歴代政権の方針を転換するなら、そこには一定の勝算があるとみられます。

 その最大のキーはサウジアラビアとみられます。オバマ政権時代の米国は宿敵イランとの関係改善に努め、それが結果的にイランと事あるごとに対立してきたサウジアラビアとの伝統的な同盟関係に亀裂を生みました。これに対して、トランプ氏はイランを敵視し、サウジとの関係改善を優先させてきました。ところで、そのサウジでは、権力を独占するムハンマド皇太子のもと、内政・外交ともに大改革の最中にあります。もともと「スンニ派の盟主」で、自らも厳格なイスラーム体制のもとにあるサウジは、内外に向けて教義の宣伝などに努めてきました。その宗教的な文脈においてサウジは、パレスチナ問題やエルサレム帰属をめぐり、他のイスラーム諸国の先頭に立ってでもイスラエルや米国と対峙してもおかしくないはずです。しかし、実際にはサウジ政府はこれまでも基本的に米国と友好関係を維持してきたのです。そこには、大きく二つの理由があげられます。第一に、世界有数の産油国であるサウジアラビアにとって、米国が有力な市場であることです。そして第二に、「教義の宣伝」が結果的に「米国やイスラエルへのジハード」を叫ぶイスラーム過激派の台頭をも促してきただけでなく、王族のなかにもアルカイダや「イスラーム国」と通じる者も少なくない状況を生んできたことです。サウジ政府はアルカイダや「イスラーム国」だけでなく、パレスチナのハマスを含めて、その国際的包囲網の形成で欧米諸国と協力していますが、これは自らまいた火種の火消しに努めてきたものといえます。

 つまり、サウジ政府にとって、宗教的なタテマエからすると見過ごしがたいパレスチナ問題も、政治的なホンネからすれば、できるだけかかわらないに越したことはないのです。実際、先述の2014年のイスラエルとハマスの衝突を受けて国内で反イスラエル抗議デモが発生した際にも、サウジ政府はこれといったアクションを起こしていません。これは多くのイスラーム諸国に共通してみられる特徴ですが、ムハンマド皇太子のもとのサウジでは、それがさらに際立っています。現在のサウジを率いるムハンマド皇太子は世俗的な国家主義者とみられます。そのもとでサウジはイランとの勢力争いに邁進するなど、宗派対立が過熱していますが、他方で「国家としてのサウジアラビア」の利益がこれまで以上に重視されており、ハマスを含むスンニ派過激派組織の封じ込めも強化されています。つまり、「イスラーム共同体」としての利益より国益を重視するムハンマド皇太子のもとのサウジでは、宗教が政治的行為の大義以上の意味をもたない傾向が強まるとみられるのです。もちろん、サウジ政府は公式には米国大使館のエルサレム移転に反対しています。そうしないと、国内世論やイスラーム過激派の矛先は自らに向かいかねないからです。しかし、移転が実現したとしても、ムハンマド皇太子率いるサウジが、それに実質的に抵抗することはないとみられます。イスラーム圏の大国サウジのこの変化は、トランプ大統領の大使館移転の判断を最終的に可能にした一因といえるでしょう。

 こうしてみたとき、エルサレムへの米国大使館の移転にはトランプ氏なりの勝算があるといえます。ただし、そうであったとしても、イスラエルの占領政策を実質的に承認することに繋がる大使館移転が、中東における反米世論やイスラーム過激派の台頭を促し、中東諸国のみならず欧米諸国でもテロを加熱させかねないリスクを抱えていることは確かです。トランプ大統領の就任以来、米国は力を背景に、一方的に現状の変更を図る姿勢が鮮明になっています。そこには、膠着する問題を自分の論理で一気に打破しようとして、結果的に問題がより混迷するや、全責任を相手に転化して、さらにごり押しで問題解決を図るという「一人マッチポンプ」の行動パターンが鮮明です。周囲を振り回すことはトランプ氏の影響力をいやがうえにも高める効果があります。しかし、例えば北朝鮮との関係において、金正恩体制が核・ミサイル開発を進めてきたことに問題があったことはいうまでもありませんが、他方でトランプ政権が周辺地域の対立を加速させたことも確かです。この観点からみるなら、トランプ氏の「一人マッチポンプ」が中東においても炸裂すれば、世界がより不安定化することだけは確かといえるでしょう。(おわり)

(連載1)「米国大使館のエルサレム移転」がふりまく火種  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-12 14:39  
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3429/3432
 12月5日、米国トランプ大統領はパレスチナ自治政府のアッバス議長やサウジアラビアのサルマン国王、エジプトのシシ大統領などに電話し、在イスラエル・米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転させる方針を伝えました。ユダヤ教、キリスト教、イスラームの三大一神教のそれぞれにとっての聖地であるエルサレムの東半分は、1967年以来、国連決議に反してイスラエルが占拠してきました。イスラエルはエルサレムを首都と位置づけ、各国に在イスラエル大使館を移転するよう求めてきましたが、各国はこれに応じてきませんでした。そのなかで打ち出された今回の米国大使館移転の方針は、イスラエルによる占領政策を実質的に容認するもので、これを批判してきたイスラーム諸国を巻き込んで、中東全域に火種をふりまくものです。そして、その火の粉は少なからず米国自身にも降りかかるとみられます。

 パレスチナでは20世紀初頭から、ユダヤ人とアラブ人(パレスチナ人)の対立が続いてきました。この土地を二つの民族、二つの宗派でいかに分けるか(あるいは分けないか)というパレスチナ問題において、聖地エルサレムの帰属はとりわけ取り扱いが難しい点であり続けました。パレスチナをユダヤ人とパレスチナ人で分割することを定めた1947年の国連決議で、エルサレムは国際管理地区となりました。これは、どの当事者にとっても聖地であるエルサレムを、いずれか一方のものと認めることの危険を避けるためでした。しかし、この取り決めは翌1948年に発生した第一次中東戦争でもろくも崩壊。国連決議を認めない周辺アラブ諸国が、イスラエル独立を阻止するために軍事介入し、戦闘のなかでエルサレム西半分をイスラエルが、東半分をトランス・ヨルダン(現ヨルダン)が、それぞれ占領。さらに1967年の第三次中東戦争で、イスラエル軍は東エルサレムを含むヨルダン河西岸全域を占領するに至ったのです。それ以来、イスラエルはヨルダン川西岸へのユダヤ人入植を進め、実効支配を強化してきました。イスラエル政府の言い分によると、それは自己防衛のためですが、他方でそれが国連決議や植民地を禁じる国際法に反していることも確かです。

 この背景のもと、「エルサレムが誰のものか」は対立の大きな争点となってきました。1980年、イスラエル議会(クネセト)はエルサレムを首都と定めました。当時、世界全体で宗教復興が進むなか、イスラエル国内でもユダヤ教保守派が台頭。その「パレスチナ(カナーン)はその昔、エジプトを逃れてきたユダヤ人に神がお与えになった土地で、人間の都合で分割することは許されない」という主張が影響力をもつにつれ、イスラエル政府はより強硬な立場にシフトしていったのです。これに対して、ほぼ同じ時期に中東各国で台頭したイスラーム主義者の多くは、パレスチナ問題、とりわけ聖地エルサレムの帰属を念頭に「反イスラエル」の立場を鮮明にしてきました。それにつれてイスラーム世界では、イスラエルを一貫して支持する米国への敵対心も強まってきたのです。例えば1998年、後にアルカイダを率いることになるビン・ラディンは「米国に対するグローバル・ジハード」を呼びかける声明のなかで、「米国の犯した罪」のうちの一つとして、「ユダヤ人のちっぽけな国によるエルサレム占領とこの地でのムスリム殺害を支援し、その関心をそらしてきたこと」をあげています。テロを擁護することはできませんが、少なくとも米国の後ろ盾がイスラエルの占領政策を可能にしてきたことも確かです。とはいえ、米国はこれまでパレスチナ問題の解決に何もしなかったわけでもありません。米国クリントン政権の仲介によって結ばれたオスロ合意(1993)で、イスラエルとパレスチナは相互を承認し、パレスチナ問題の解決に向けて協力することで一致。パレスチナは停戦と引き換えに国連決議で認められた土地での独立を目指すことになりました。ただし、オスロ合意はそれまで対立し続けた者同士が交渉に臨むこと自体を優先させたため、エルサレムの帰属をはじめ、より取り扱いが難しい内容を先送りにせざるを得なかったのです。

 ところが、オスロ合意後もイスラエルとパレスチナ双方では、国連決議に基づく分割を前提とする和平に対する反対が噴出。パレスチナ問題の解決には程遠い状況にあります。パレスチナ内部では、イスラエルとの協議に積極的なアッバス議長率いる自治政府と、これに批判的なイスラーム過激派「ハマス」の内部抗争が激化。後者がイスラエルへの攻撃を継続したのに対して、イスラエル軍は「テロの脅威」を理由に、東エルサレムを含むヨルダン河西岸地区の占領だけでなく、ハマスが拠点にしてきたガザへの攻撃も続けてきました。2014年7月から8月にかけての戦闘では、双方あわせて2200人以上の死者を出す事態となっています。この状況のなか、エルサレムをイスラエルの首都と認める国はなく、それは最大の同盟国である米国も同様でした。東エルサレムを含むエルサレムをイスラエルの首都と認めることは、国連決議や国際法に反するだけでなく、イスラーム過激派に絶好の口実を与えるものであることに鑑みれば、これは当然だったといえます。(つづく)

ドイツ情勢と欧州、世界情勢について   
投稿者:真田 幸光  (埼玉県・男性・大学教員・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-11 13:25 [修正][削除]
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3428/3432
 本年5月にフランスでマクロン政権が樹立、その後、そのフランスの新大統領であるマクロン氏に対して、欧州のみならず、先進国の中でも古参の国家リーダーとなっているドイツのメルケル首相がアプローチ、そして、「仏独両国を軸に、欧州連合=EUを守ろう!」との姿勢が示され、国際社会では、こうした状況について、「メルクロン体制確立」との見方を示したことから、世界では、「EU発の世界経済低迷」のリスクは一旦遠のいたとの見方が出ていました。

 しかし、Brexitのリスクがまだまだある上、「スペイン・カタルニアでの独立の動き」が顕在化し、再び、「欧州に対する不信感」が芽生える中、「9月の総選挙を終えたドイツのメルケル政権にも不安定性が見られるようになってきた」との印象を私は持っています。実際にドイツ国内では、「メルケル首相率いるドイツは、欧州にとって、ロシア・難民・ユーロなど多くの重要課題への対応に、“なくてはならぬ国”となっているのであるが、もしメルケル時代が早晩、終わりを迎えるのであれば、欧州は新たな危険な状況に直面することになる」との見方も出ているのであります。

 そして、実際にメルケル政権の威信低下の可能性は高いとの見方も出始めました。更に、例えば、ドイツ国内では、「ドイツが欧州を政治的に引っ張っているのは、ドイツ経済が今、絶好調なことが背景にある。但し、ドイツ経済がいいのは、何もメルケルの功績でも何でもなく、ドイツ産業界が、第4次産業革命などで生産の効率化を図るとともに“技術開発”、また、ドイツ人の勤勉さ、その上、2000年初めの、社会民主党のシュレーダー首相の“労働市場改革”の効果もあって、ドイツでは労働関係によるスト・デモはほぼ発生していない状況にある」と言った声もメルケル首相、メルケル政権に対して向けられています。

 こうした中にあって、今回の選挙後のメルケルCDUとSPD(社会民主党)を合わせた議席数は399議席となっていることから、過半数を優に超えており、CDUとSPDの大連立政権は十分に可能との見方もできるのですが、ここに来て、SPD側の一部からは、「CDUとの大連立はもう行わない」との声も出ている模様で、とても懸念されます。そして、万一、メルケル政権の威信低下が顕在化すると欧州情勢が悪化、その影響を受け欧州株が下落、更に先進国株の一つである日本株も、そして悪影響が予想以上に広がれば米国の株価も下落する可能性があり、私は注視しています。

北朝鮮からの木造船漂着   
投稿者:倉西 雅子 (神奈川県・女性・政治学者・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-08 18:07 [修正][削除]
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3427/3432
 北海道から北陸地方にかけての日本海沿岸には、北朝鮮から流れ着いた木造船が相次いで発見されております。北海道の松前小島では、避難小屋にあった家電製品等が根こそぎ盗み取られる事件も発生していますが、同事件に関しては、日本側の捜査員が白い防御服を着ての捜査となりました。

 当初、木造船漂着は一般の北朝鮮漁民の遭難事件とみられていましたが、北朝鮮軍部の関与が判明したため、今日、警戒レベルを上げる段階に来ております。朝鮮半島が緊迫する状況にあっては、民間人を装ったテロリストや工作員の活動があり得るからです。加えて、過去の北朝鮮の行動からしますと、同国が、生物化学兵器を使用する可能性も高く、松前小島の事件において防御服の着用が見られたのも、既に、その危険性を認識していたとも推測されます。単なる盗難事件ではこうした重装備は必要なく、北朝鮮軍による何らかの毒性の高い物質や細菌等の散布を警戒してのことなのでしょう。敢えてレーダーに捕捉され難く、警戒感を呼ばない古びた木造船を運搬手段として使用しているとすれば、頻発する漂着事件は侮れません。

 マレーシアのクアラルンプールにおける金正男氏暗殺事件では、VXガス使用による犯行の疑いが濃く、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教も北朝鮮系組織であったとの指摘もあります。また、歴史を遡れば、1348年に、モンゴル軍がジェノバの植民市であったクルミア半島のカッファを攻略するに際し、ペストで死亡した人の遺体を城内に投げ込むという手法が採られたそうです。植物性の毒や昆虫類を利用した攻撃手段は古代ギリシャ時代から存在していましたが、人体を利用した細菌兵器は、モンゴル軍が最初の使用者であったかもしれません。

 日本国政府は、北朝鮮が日本国に対して民間人を攻撃対象とした同様の作戦を展開する可能性は視野に入れておくべきできなのではないでしょうか。既に、北朝鮮は臨戦態勢に入っているのですから、その前哨戦として生物化学兵器によるテロを実行するかもしれず、戦争が正規の戦争と不正規のテロとが混在するハイブリッド化している今日、対北朝鮮に対する防衛体制は、後者をも含めた万全なものとすべきなのではないかと思うのです。

ミレニアル世代はラストベルトを目指す   
投稿者:大井 幸子 (東京都・女性・SAIL代表・-)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-07 12:43 [修正][削除]
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3426/3432
 米国株式相場は大型減税の効果を期待し、高値を更新して来た。原油も安定した高値をつけている。北朝鮮の脅威にもかかわらず、ティラーソン国務長官辞職の噂が流れたにもかかわらず、はたまた、トランプ大統領の元側近マナフォード選対本部長とフリン前補佐官がモラー特別検査官に全面協力し、トランプ娘婿のクシュナー氏にまでロシアゲートの捜査が及んでいるにもかかわらず。この圧倒的強気の根拠は何か?

 筆者は米国の中堅企業の再生に特化したプライベートエクイティ(PE)ファンドを調査している。内部収益率80%という素晴らしい実績を誇るあるPEファンドは、IoTやAIを駆使して中西部の地味なオールドエコノミー型同族会社の経営合理化を推進し、ピカピカの企業に再生させている。実際、中西部の都市ではデジタルサービス・セクター(ソフトウェア、データプロセシング、コンピューターシステムデザインなど)を担う若手専門家を積極的に招聘し、地元経済を活性化させている。

 これまでのIT革命ではシリコンバレー(サンフランシスコ)やニューヨーク、シアトル、オースティン(テキサス州)といった特定の都市が優れたデジタル人材を引きつけ、繁栄して来た。2010年以降は、インディアナポリス、ノースカロライナ、ウィスコンシン、ユタ、ケンタッキー、フロリダ州にデジタルサービス業が拡大し、中西部の都市がミレニアル世代(1980年代から2000年代に生まれた世代)を引きつけている。この世代の先頭集団は30代半ばに差し掛かり、家族を形成し、持ち家を取得する年齢に来ている。ミレニアル世代に適切な教育と職場を提供すれば、彼らが地域経済を支えてくれるのだ。

 トランプ大統領の「ラストベルト」に職をもたらすという公約は、ミレニアル世代に波及し、中西部に好循環を生み出しているようだ。

(連載2)フランシスコ法王のミャンマー訪問がロヒンギャ問題にもつ意味 ← (連載1)フランシスコ法王のミャンマー訪問がロヒンギャ問題にもつ意味  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-06 11:06 [修正][削除]
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3425/3432
 第一に、国家との関係です。先述のように、「政教分離」の原則はヨーロッパで生まれました。ローマ・カトリック教会の場合、その「分離」は、かつては「何も触れない」ことを前提としていましたが、第二バチカン公会議からは「離れていても関わりまでは絶たない」にシフトしました。このように独立した立場で発言・活動することをよしとする市民文化の定着した欧米諸国では、国家から独立した宗教指導者の行動の自由をも生まれてきたといえます。これに対して、欧米圏以外の多くの国では、宗教指導者の多くも国家の管理下に置かれがちです。それは各国政府の意向と無関係の言動をすることへのブレーキになりやすいといえます。同じくキリスト教でも、ロシア正教会の場合、ロシア帝国の時代から国家のもとに置かれてきました。イスラームはその長い歴史を通じて、総じて国家からの干渉が排されてきましたが、20世紀以降は政府の決定をイスラームの論理で正当化する役割が高位の宗教指導者に求められることが増えました。「精神の解放」を目指し、社会から距離を置きがちな仏教は、その教義からして政治や社会に働きかけるエネルギーが弱く、結果的に国家・政府の方針に公然と異議申し立てすること自体が稀になりがちです。そのため、とりわけ海外の政治問題に関して、独自の発言・活動を行う宗教指導者は、世界全体でむしろ少数派です。例えば、ロヒンギャ問題に関して発言している宗教指導者は、確認される範囲で、ローマ法王を除けば、チベットのダライ・ラマや、トランプ政権にロヒンギャ難民保護を求めたり、イスラエルにミャンマー政府への武器売却を停止するよう求めた米国の一部のユダヤ教ラビなどごく少数に限られ、日本の全日本仏教会などもこの問題に関する統一見解などは示していません。

 第二に、ローマ・カトリック教会ほど宗教指導者の見解が末端の信者まで行きわたりやすい宗派も珍しいことです。中世以来、ローマ・カトリック教会は聖職者の位階制が極めて明確で、最高責任者であるローマ法王は教義の裁定者でもあります。そのため、バチカンと異なる教説を説く聖職者は職を剥奪されることさえあります。言い換えると、ローマ法王のもとで考え方が一元化されやすく、バチカンの動向や方針は世界各地のカトリック教会を規定することになりやすいといえます。英国の歴史学者E.H.カーによると、「…カトリック教会は史上で初めて検閲制と宣伝組織とを作り出した。中世の教会が最初の全体主義国家であったことは、近時の一史家の所見において重視されている点である」。この「上意下達」はその他の宗教・宗派と比べても際立つローマ・カトリック教会の大きな特徴です。

 これに対して、特に欧米の保守派から「自由と縁遠い」とみなされることさえあるイスラームの場合、ウラマーと呼ばれる宗教指導者たちの説法は、基本的に自由です。そのため、イスラーム圏でも政府と関係の深い高位のウラマーほど欧米諸国との協力を否定しない説法をする一方、一般の人々の感情と近い若手ウラマーほど欧米に批判的な、過激な説法を行う傾向があります。その結果、例えばサウジアラビアでは政府と結びついた高位ウラマーにのみ政府の決定に対する見解を示すことを認めていますが、これは政府への不満をさらに増幅させる悪循環にも陥っています。ともあれ、他の宗教・宗派も、統一した見解や方針が生まれにくいという点では、多かれ少なかれ同じです。ミャンマーでも、ロヒンギャ排斥を正当化する一部の過激派仏教僧に対して、同国の高位仏僧の会議体サンガ・マハ・ナヤカは説法禁止などの措置を取りながらも、実質的には彼らを止められていません。このように多くの宗教・宗派では、全体の見解や方針を一元的に代表する指導者は稀で、それは結果的に、特に海外の出来事に対して、宗教・宗派を代表した働きかけが難しくなりやすいといえます。この観点からみれば、教義の裁定者として絶対的な影響力をもつ点でローマ法王と共通するダライ・ラマが、やはり世界のさまざまな問題に発言してきたことは、不思議でないといえます。

 こうしてみたとき、ロヒンギャ問題に代表される、世界各地で発生する問題の解決に関与することは、多くの宗教指導者にとって困難といえるでしょう。宗教指導者の限界は、そのまま国際関係や国家‐宗教関係の複雑さ、あるいはそれぞれの宗教が抱える課題を浮き彫りにしているといえます。一方、ローマ法王とて全能ではありません。冒頭で触れたように、今回の訪問でフランシスコ法王が中立性を前提に関与したことは、結果的にミャンマー政府の立場をも認めるもので、それはロヒンギャ問題の解決に結びつかないという見方は可能です。ただし、一度の訪問で成果があげられなかったことをもってフランシスコ法王を批判することも酷といえるでしょう。仲介や調停を行う者には、中立性とともに関係性も期待されます。つまり、各当事者と関係をもたない者は、いかに中立の立場であっても、それぞれの立場に対して影響力を発揮することもできません。その意味で、フランシスコ法王が中立に近い立場を保ちながらも関与の意思を示したことは、周囲の環境がミャンマー政府にロヒンギャとの協議へと向かわせる状況になった際、その橋渡しを可能にする余地を残したといえます。そして、フランシスコ法王の種まきが奏功するか否かは、ミャンマー政府への各国の働きかけによって左右されるといえるでしょう。(おわり)

(連載1)フランシスコ法王のミャンマー訪問がロヒンギャ問題にもつ意味  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-05 18:48  
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3424/3432
 11月28日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王がミャンマーを訪問。フランシスコ法皇のミャンマー訪問は初めてです。滞在中、法王はミサを行った(ミャンマーには人口の約1.3パーセント、約70万人のカトリック信者がいる)他、アウン・サン・スー・チー氏やミャンマー軍のミン・フライン司令官と会談。主にロヒンギャ問題について話し合ったと伝えられています。さらに、ミャンマー仏教界にも「偏見」と戦うことを呼びかけました。フランシスコ法王はこれまで、世界各地のさまざまな問題について発言してきました。しかし、今回の訪問ではロヒンギャを民族として認めないミャンマー政府に配慮して「ロヒンギャ」の語を用いなかったため、欧米諸国では批判や失望の声があがっています。「ロヒンギャ」の語を用いなかった背景には、ミャンマー政府を追い詰めることでかえって状況が悪化することを懸念する、ミャンマーのカトリック教会の責任者チャールズ・ボー枢機卿からの要請があったといわれます。とはいえ、今回の訪問が全く無意味ともいえません。人道危機や政治的な対立の解決に期待される宗教指導者の役割は、即効性より関係性にあるからです。

 今日の先進国で一般的な「政教分離」の原則は、ヨーロッパで生まれました。これはローマ・カトリック教会と世俗の皇帝や国王の間の勢力争いの結果で、聖と俗を明確に分けることでお互いの縄張りを守ることが可能になったといえます。そのため、近代以降のカトリック教会は公式には政治に介入しない姿勢を保ってきたのです。この転機は第二バチカン公会議(1962-65年)だったといわれます。初めて全ての大陸からカトリック教会の責任者が集まったこの会議で、バチカンは政治に介入しない姿勢を転換したのです。カトリック教会が政治問題に口を閉ざすことは「政教分離」の原則に適ったものである一方、「現状を追認」することにもなります。実際、それまでラテンアメリカなどカトリック信者の多い土地で独裁や紛争があっても、「政治に介入しない」ことを前提にバチカンが発言することはほとんどありませんでした。第二バチカン公会議でカトリック教会はこの姿勢を改め、独裁に対する改革を支持する勢力となったのです。これはラテンアメリカ諸国、スペインやポルトガル、韓国、フィリピンなど、カトリック信者の多い国で、1970年代半ばから1980年代後半にかけて軍事政権やファシスト体制が相次いで崩壊する一因となりました。さらに、1978年に法王に即位したヨハネ・パウロ2世は、当時共産主義体制のもとにあった母国ポーランドの民主化運動を支援。その精神的支援を受けたポーランドは、冷戦末期の東ヨーロッパで相次いだ民主化の先駆けとなったのです。

 現在のローマ法王、フランシスコ法王はローマ・カトリック教会の教義に反しかねない同性愛に一定の理解を示すなど、これまでの法王と比べても政治や社会に積極的に発言、活動してきました。世界各地の民族・宗派間の対立に関しても取り組んできており、例えば2015年には1983年から2009年まで内戦が続いたスリランカを訪問。内戦終結後も続いていた仏教徒中心のシンハラ人とヒンドゥー教徒の多いタミル人の間の不信感を払しょくするため、内戦中の出来事に関して告白して赦し合うことを呼びかけました。また、キリスト教徒とムスリムの衝突が続く中央アフリカを2015年に訪問した際には、安全上の大きな問題を抱えながらもモスクで現地のイスラーム指導者とともに和平と融和を呼びかけました。もちろん、これらが問題の直接的な解決につながるとは限りません。実際、例えば中央アフリカでは、その後も民族・宗派間の衝突は絶えません。

 しかし、その活動は悲惨な状況に対する世界の関心を集める効果があります。ピュー・リサーチ・センターの調査によると、2010年段階でキリスト教徒は世界に約22億人。世界全体の約31.5パーセントを占めます。このうちローマ・カトリックは約50パーセントを占めるとみられます。つまり、ローマ・カトリック教会は世界で最も信者の多い宗派の一つなのです。そのため、その最高責任者であるローマ法王の動向は世界的に注目されやすいものです。他の宗教の指導者が総じて海外の政治、社会問題に発言・活動しないことは、ローマ法王の動向がもつインパクトを相対的に大きくしているといえます。ローマ法王以外の宗教指導者の多くが政治問題に口を出さないことは、大きく二つの理由が考えられます。(つづく)

米国の威信について   
投稿者:真田 幸光 (埼玉県・男性・大学教員・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-05 10:16 [修正][削除]
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 米国のトランプ大統領の就任以降、米国政府は、「保護主義的動き」を進めていると見られます。実際に、「アメリカ、ファースト」を唱えるトランプ大統領の姿を見ていると、これは間違いない動きと言えましょう。そして、例えば、ロイター通信は、今年5月にベトナムの首都・ハノイで開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)貿易相会合に関して、「米国と他の20カ国の保護主義に関する意見対立が浮き彫りとなり、共同で纏める閣僚声明の採択が見送られた。就任後初の国際舞台に臨んだライトハイザー米通商代表部(USTR)代表としては、トランプ政権が打ち出している“公正な貿易”という土俵に他国を引っ張り込むことができなかった」とコメント、そして、この11月のAPEC首脳会議でも共同声明は難航しました。

 こうした動きを見る中、私が強く感じることは、「米国は自らの立ち位置によって、2国間国際協議を優先したり、多国間協議を優先したり、これを使い分けている」と言うことです。私が見るところ、昨今の、「米国の世界的威信の低下」の中、米国は、「多国間で、一気に物事を纏めていく力が米国にはもはや欠如している」と考えているものと思われ、更に、「このまま多国間協議を続けると米国の思惑から離れて議論が進みかねず、事態は難航の上、悪化する」と考えているものと思われます。

 しかし、一方で、米国は世界各国と一対一で個別に戦えば、強者の立場を利用し、米国に有利な議論の展開ができると踏み、最近では、「2国間協議を好むようになってきている」と見られます。これは、TPP協議の展開の中にも見られ、私が見るところ、一旦、米国は2国間協議に持ち込み、大筋で米国にとって有利な状況を作り出すことが整えば、その際には、徐に、再び、「多国間協議に戻して、米国に有利な決議を取り付ける」と見ており、それが叶わなければ、「多国間協議に於いて、異議を唱え続ける」。そして、その結果、もしも、多国間協議の状況が整わなければ、全く新たな交渉の切り口を持ち出しながら、TPPに対する対応してくるものと思われます。

 米国が、威信低下しているとは言え、まだ相対的には強い国であるが故に、こうした戦略が取れるのでありましょうが、ここにも、「強者の論理、強者の傲慢さ」が窺われます。これで良いのでありましょうか? トランプ大統領と米国には、大国、強者としての、「真の威信」を示してもらいたいものであります。そして、米国がそうなった時に改めて、「日本政府も、義を以って、“真に威信ある米国”との協調外交路線を採るべきではないか」と私は考えています。

自衛隊が米軍による対北軍事制裁に参加するもう一つの意義   
投稿者:倉西 雅子 (神奈川県・女性・政治学者・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-12-01 17:48 [修正][削除]
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3422/3432
 アメリカによる対北軍事制裁の可能性が高まる中、日本国の自衛隊についても、対米軍事協力が現実味を帯びてまいりました。昨今、安保法制の整備もあり、自衛隊の参加は、日米同盟の文脈において議論されがちです。しかしながら、自衛隊の軍事制裁への参加は、もう一つの意義があるように思えます。それは、日本国が“世界の警察官”の一翼を担うという意義です。国連構想とは、第二次世界大戦において戦勝国となった連合国主要五か国に“世界の警察官”の役割を担はしめることにより、国際社会の治安を維持するというものでした。国際法が未整備な段階にあっては、政治問題における“調整役”をも兼ねざるを得ないものの、その基本的な役割は、国際法秩序に基づく平和の維持にあったのです。国連安保理の常任理事国という特権的地位の付与も、“世界の警察官”という重責あってのことであり、国連の枠組にあって、権利と義務とを一先ずはバランスさせたのです。

 ところが、発足時において既に米ソ対立という現実を前にして国連は構想通りには機能せず、ソ連邦は、国連常任理事国でありながら、国際法を順守することなく強大な軍事力を背景に周辺諸国を侵略、あるいは、属国化し、“世界の警察官”どころか、さしずめ“世界の無法者”の如くの様相を呈します。アルバニア決議によって常任理事国の席に座った中国も、その悪党ぶりはソ連に優るとも劣らず、南シナ海問題における仲裁判決を無視する態度は、“世界の警察官”の崇高なる精神性とは真逆です。

 今日の国際社会の現状は、北朝鮮問題に対する中ロの擁護姿勢から明白なように、当初の国連構想とはかけ離れており、それは、国際社会の治安維持機能の著しい低下を意味しています。今日の国連の仕組みでは国際社会の平和は維持し得ず、その加盟国の多くも、悪しき国による国際犯罪の被害を蒙るリスクに晒され続けているのです。となりますと、今日において議論すべき課題は、国際社会における治安維持機能の向上であり、そのためには、国連等の制度改革も議論の俎上に載せるべきとなります。“世界の無法者”に転じた“世界の警察官”を解任すべきですし(アルバニア決議の逆パターンもあり得るのでは…)、あるいは、アメリカが過剰負担に耐えられないならば、より多くの諸国が警察官の役割と責任を分担する“集団的警察機構”への改組も必要となりましょう。このように、将来に向けた国際社会の方向性や今後の国連の組織改革を展望しますと、今日、日本国がアメリカと共に“世界の警察官”の役割を担うことは、日本国の安保理常任理事国入りの議論においても評価ポイントとなるかもしれません。常任理事国は、真に“世界の警察官”の役割を理解している国が務めるべきあるからです。

 中国の習近平国家主席は“中国の夢”を掲げ、自国を中心とした華夷秩序の再構築を目指しておりますが、位階秩序となる同構想よりも、法の支配、民族自決、主権平等の原則に基づく国民国家体系の方が遥かに優っております。中国は、北朝鮮問題を“中国の夢”を実現するための踏み台にしようと目論んでいるのでしょうが、同問題は、中国の利己的構想には与せず、人類が、その倫理的進化に沿った道を選ぶ転換点ともなり得ます。日本国の自衛隊の参加は、この文脈においても重要な意義を持つのではないかと思うのです。

IMFの見る韓国経済について   
投稿者:真田 幸光 (埼玉県・男性・大学教員・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-30 18:15 [修正][削除]
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3421/3432
 韓国の財界人は、多分、「IMF」という言葉には、あまり良い響きを感じていないものと思います。1997年に発生したアジア通貨危機のことを韓国では、「IMF危機」と言う人もおり、通貨危機の後、IMFの指導を受け入れざるを得なくなった当時の韓国を思い出すことを嫌がる人もいます。また、だからこそ、「IMFの韓国経済に対する評価」には極めて神経質であると言えるかもしれません。

 さて、こうした中、国際機関である、その国際通貨基金(IMF)は、ソウルの政府庁舎で会見を開き、今月1日から韓国政府などと進めた協議結果を発表しています。IMFは今年の韓国の国内総生産(GDP)成長率見通しを3.2%とし、0.2ポイント上方修正し、韓国政府としても安堵しているものと思います。先月10月に発表した見通しでは、今年と来年の成長率見通しをそれぞれ3.0%としていたものが上方修正されたものであり、安心感も増していることでありましょう。そして、IMFの韓国経済に関するコメントでは、「韓国の短期的な見通しは地政学的な緊張が高まったにも拘わらず改善されている。経済成長は2016年下半期の鈍化以降、今年に入ってからは回復傾向を見せている」との見方を示しています。

 また、経常収支の黒字規模は今年のGDPの5.6%となると予想し、韓国経済の弱点とされている、「家計債務(個人負債)」に関しては金融安定のリスク要因だが、現時点では政策が効果を出していると評価しています。その一方、韓国経済は構造的な問題により、堅調で持続可能な長期成長に戻れなくなっているとの指摘も出ています。そして、IMFは、「韓国の潜在成長率は1990年代初期の7%から3%以下に下落した」とし、その理由として人口構造の変化や生産性の伸び悩み、所得の二極化、機会の不平等などを挙げているのであります。更に、経済協力開発機構(OECD)加盟国の中で著しく高い高齢者の貧困率、若者の失業問題、不充分なセーフティーネット、大企業と中小企業の二重構造などがこのような不平等を引き起こす主な原因であるとも指摘しています。

 そして、これらの問題を改善するためには、拡張的な財政と緩和的通貨政策の基調を維持しなければなければならないとコメント、また成長の勢いがある現時点から正規雇用の柔軟性拡大をはじめとする労働市場の構造改革を推進しなければならないとも指摘しています。今後の動向をフォローしたいと思います。

(連載2)クーデタに揺れるジンバブエと中国の「二股」戦術 ← (連載1)クーデタに揺れるジンバブエと中国の「二股」戦術  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-28 23:59 [修正][削除]
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3420/3432
 このような背景のもと、冒頭に述べたように、ジンバブエ軍の一部がハラレ近郊で軍事活動を開始。しかし、これは突然始まったものではなく、その予兆は今年夏ごろからみられていました。ムガベ氏は2018年の大統領選挙に立候補する予定でしたが、近年では健康不安説が流れており、頻繁にシンガポールの病院を訪れていたといわれます。その一方で、ムガベ氏は後継者を指名せず、足もとで派閥闘争がみられるようになったのです。一方には、エマーソン・ムナンガグワ副大統領を中心とするグループがあります。「クロコダイル」の異名をもつムナンガグワ氏は政権の実質的なナンバー2。南ローデシアの白人政権との内戦時代からムガベ氏と行動をともにしてきたため、軍や情報機関は総じてこちらを支持しています。

 もう一方には、グレース夫人がいます。グレース夫人はムガベ氏の体調不良説が高まった7月、(夫の意向を無視して)「後継者を指名するべき」と発言。与党ZANU-PFには、党内改革や世代交代を求める比較的若い世代を中心とするG40(ジェネレーション40)と呼ばれる派閥があります。グレース夫人はG40を支持しているともいわれますが、先ほどの発言以来、グレース夫人自身が次期大統領ポストを狙っていることも公然の秘密として語られるようになりました。ムガベ氏の求心力低下にともない体制内の緊張が高まるなか、11月6日にムガベ氏はムナンガグワ氏を突如解任。副大統領職を追われたムナンガグワ氏は翌日には中国に向けて出国しました。これにより、グレース夫人が副大統領に収まるという観測も流れるなど、政争に決着がついたかにみえました。ところが、ムナンガグワ氏を支持するコンスタンチノ・チウェンガ司令官も8日に中国を訪問。そのチウェンガ司令官は13日、「ムナンガグワ氏のように国家独立に参加した者を排除することは許されるべきでない」と発言。その翌14日、冒頭に述べたように軍が行動を開始したことに鑑みると、この発言はグレース夫人やG40に対する宣戦布告だったといえます。

 絶対的な権力をもつ者の求心力が低下した時、その権力をめぐって「独裁者」の足もとで争いが発生することは世の常です。クーデタを起こした軍は「ムガベ氏周辺の犯罪者」を標的にしており、「大統領は無事」という声明を出しています。チウェンガ司令官が率いる軍にとっても、ムガベ氏に危害を加えることで得られるものはないため、そのターゲットはあくまでグレース夫人とG40にあるとみられます。クーデタのゆくえはもちろん予断を許しません。しかし、少なくとも今回の出来事が、欧米諸国が期待するジンバブエの民主化をもたらすとは考えられません。ムガベ大統領と対立する欧米諸国はこれまで、ジンバブエ労働組合会などの民主化勢力を支援してきました。しかし、今回のクーデタはムガベ体制内部の権力闘争であり、政治活動が抑圧されているジンバブエでは民主化勢力がこの機に浮上することは想定できません。その意味で、クロコダイル・グループとG40のどちらが勝利するにせよ、今後ともジンバブエで決して民主的でない体制が存続することは想像に難くありません。その一方で、ムガベ体制を支援してきた中国にとって、この政争は基本的に「高みの見物」が可能なものです。

 先述のように、中国は南ローデシアの内戦時代からZANU-PFを支援し、2000年前後からの欧米諸国との関係悪化のなかでその結びつきはますます強くなりました。そのため、ムガベ大統領だけでなく、クロコダイル・グループとG40のいずれもが、中国との友好関係を前提としています。実際にムナンガグワ氏が中国にいる以上、クーデタの結果がどちらに転ぼうとも、中国にとって対ジンバブエ政策を大きく転換させる必要は乏しいとみられます。したがって、今回のクーデタはムガベ氏個人の支配が終わりに近づきつつあることを示すものであったとしても、ジンバブエを取り巻く環境が大きく変わらないことをも示唆しているといえるでしょう。(おわり)

EUと“一帯一路”の合わせ鏡に映る哀れなギリシャの姿   
投稿者:倉西 雅子 (神奈川県・女性・政治学者・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-28 16:11 [修正][削除]
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3419/3432
 現在、ギリシャでは、ピレウス港の中国国有企業による買収に留まらず、不動産分野では外国人購入者の4割を占めるほど中国人による購入が増加しているそうです。ソブリン危機に端を発するギリシャ問題を見ておりますと、同国はEUと中国の“一帯一路”との二つの歪んだ合わせ鏡に映った奇妙な像のように思えてきます。EUも一帯一路も、共に国境を越えた広域的な経済圏構想である点において共通しています。EUは、2年以内にイギリスが離脱するものの、東方に向かって拡大を続けてきた歴史があり、中国の一帯一路は、終着地のイギリスを目指して西方へと延びつつあります。そして、ギリシャとは、まさしく東西が交差する両者の狭間に位置します。

 EUでは、加盟国間の経済格差を是正するための政策を実施しており、一種の“財政移転”のメカニズムを内蔵しています。今日、EUで議論されている財政統合とは、この機能の強化に他ならず、欧州市場で実現した“もの、サービス、資本、人の自由移動化”が、必ずしも、全ての加盟国にプラス効果は及ぶわけではないことを示しています。言い換えますと、産業競争力の劣る国の市場は優位国の産品に席巻されると共に、優秀な人材は、国境を越えて移動可能ですので、より雇用条件の良い他の加盟国に流出してしまうのです。市場統合は、共存共栄の理想とは逆に加盟国間格差を広げかねないリスクがあります。また、ギリシャの場合、ユーロ導入により金融政策の権限も手放したため、財政危機に対して打つ手が限られてしまいました。

 その一方で、同じく広域経済圏プロジェクトではあっても、中国の一帯一路構想には、EUのような統治機構は存在せず、共通財源も共通通貨もありません。域内諸国に対する財政支援的なシステムはAIIBによるインフラ融資ぐらいであり、共通通貨についても、域内貿易決済通貨としての人民元の普及を梃子とした“人民元圏”の自然的な形成を狙うという、別の手法が採られています。一帯一路構想に含まれる諸国では、既に、安価な中国製品が大量に流入し始めているそうですが、このことは、一帯一路構想においてギリシャの如く財政危機を抱える国が出現した場合(EUのような支援の枠組みがないので、ギリシャよりも悲惨に…)、中国マネーによってあらゆる資産が根こそぎ買い取られてしまう可能性を示しています。それは、インフラ施設や不動産等に留まらず、重要な輸出品である天然資源の採掘権や公営事業のコンセッションであったり、あるいは、徴税権といった政策権限であるかもしれません。このプロセスにあって、中国は、相手国に対する恫喝や脅迫手段として、強大な軍事力をも用いることでしょう。

 現在と未来の二つの広域経済圏を合わせ鏡として見ると、そこには、両者の狭間に翻弄される今日のギリシャの姿が映っているように思えます。そしてそれは、少なくない数に上るであろう、将来の一帯一路域内諸国の姿でもあるのかもしれません。自国中心の広域経済圏の誕生は、巨大市場を背景に産業競争力を備えた中国にとりましては待ち焦がれていた“中国の夢”の実現なのでしょうが、中国経済に飲み込まれるリスクを抱えた諸国は、合わせ鏡に映された、西欧文明の発祥の地の一つに数えられるギリシャの今日の哀れな姿を、しかと見据えるべきではないかと思うのです。

(連載1)クーデタに揺れるジンバブエと中国の「二股」戦術  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-27 14:58  
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3418/3432
 日本では必ずしも知名度が高くありませんが、欧米メディアでしばしば「世界最悪の独裁者」と呼ばれるのが、南部アフリカにあるジンバブエのロバート・ムガベ大統領です。ムガベ氏は今年で93歳。その高齢で最高責任者の地位にあること自体、ジンバブエ政治の歪みを象徴します。しかし、このムガベ体制は大きな転機を迎えています。11月14日、首都ハラレ近郊に軍の車両が展開し、いくつかの爆発が発生したと報じられています。これに関してジンバブエ政府は「SNS上のうわさ」と一蹴し、「クーデタの発生」を否定していますが、ジンバブエで軍が政治に介入する予兆は、この数ヵ月にみられていたものです。今回のクーデタがもたらす結末は、今しばらく見守るしかありません。しかし、いずれにせよジンバブエで民主化が進む見込みは、ほとんどないといえます。その背景には、ジンバブエの権力構造と中国の「二股」戦術があげられます。

 欧米メディアで「世界最悪の独裁者」と呼ばれるムガベ氏も、かつては多くのジンバブエ人にとっての「英雄」で、欧米諸国との関係も良好なものでした。ジンバブエはかつて南ローデシアと呼ばれ、19世紀に入植した英国系白人の子孫が支配する国でした。1960年代から、白人支配に抵抗する黒人ゲリラ組織ZANU-PF(ジンバブエ・アフリカ民族同盟・愛国戦線)が台頭。「白人支配に抵抗するゲリラ」は当時「フリーダム・ファイター(自由の戦士)」とも呼ばれ、ムガベ氏はそのリーダーでした。内戦中、ZANU-PFは中国から軍事援助を受けていました。当時、東西冷戦を背景に、「反帝国主義」を掲げて開発途上国への進出を図っていた中国にとって、「フリーダム・ファイター」への支援は格好の宣伝材料だったといえます。西側諸国が白人政権に微温的な態度を保ったことも、これに拍車をかけました。白人政権とZANU-PFは最終的に、英国政府の仲介のもとで1979年に和平に合意。1980年、全人種に平等な権利を認める国として、ジンバブエは改めて独立。ムガベ氏はその立役者となったのです。

 独立後、ムガベ氏は経済的な必要性もあって欧米諸国との友好関係を確立。その一方で、国内的には黒人と白人の共存を模索しました。当時のジンバブエでは、人口で1パーセントにすぎない白人入植者の子孫が耕作可能な土地の約半分を所有していました。このいびつな社会構造を解消するため、ジンバブエ政府は希望する白人地主から土地を買い上げ、黒人に配分する政策を実施。政治や社会の安定と、それに基づく経済成長は「ジンバブエの奇跡」と呼ばれ、欧米諸国から高く評価されました。しかし、1990年代の末頃から、ムガベ氏には権力の私物化が目につくようになります。その端緒は、1999年にコンゴ民主共和国の第二次コンゴ内戦で、同国のカビラ政権を支援するために1万人以上の兵員を派遣したことにありました。この際、カビラ大統領は10億ドルのダイヤモンド鉱山の権益をムガベ氏個人に提供することを約束し、これと引き換えにジンバブエ軍の派兵を引き出したといわれます。入れ違いに、この大規模派兵はジンバブエ政府に大きな財政赤字を残すことになりました。さらに、この頃からムガベ大統領より40歳以上若い妻のグレース夫人による、海外の高級ブランドショップでの「爆買い」が頻繁に目撃されるようになり、「グッチ・グレース」とあだ名されるようになりました。

 ただし、「英雄」だったムガベ氏が「世界最悪の独裁者」と呼ばれるようになった決定的な転機は、2000年に「白人の財産を保障なしに没収すること」を認める法案を議会が可決したことにありました。「個人の私有財産の侵害」という人権侵害に、欧米諸国は強く反発し、多くの国が経済制裁を実施。「白人の人権が侵害されること」に対する欧米諸国の拒絶反応に対して、ムガベ大統領も「黒人対白人」の構図を強調し、欧米諸国との対決姿勢を鮮明にしていきました。それにつれて経済状況は悪化し、膨らんだ財政赤字を解消するために通貨ジンバブエ・ドルを乱発。その結果、2009年には2億パーセント以上のハイパーインフレが発生し、ジンバブエ・ドルの発行は停止。ムガベ氏は経済崩壊の責任として自らの失政ではなく「欧米の経済制裁」を強調し、欧米諸国との対立はますます深まりました。この対立のなかで存在感を増したのは、ZANU-PFと古い関係にある中国でした。2008年、米英が国連安全保障理事会でジンバブエに対する経済制裁を提案した際、中国はロシアとともに「内政不干渉」を掲げて拒否権を発動し、これを擁護。さらに経済破たん後には、ジンバブエでは輸出額の約3割を占めるタバコ葉の生産に中国からの投資や支援が加速し、その復興・成長に大きな影響力を示しました。(つづく)

(連載2)シンガポールについて ← (連載1)シンガポールについて  ツリー表示
投稿者:真田 幸光 (埼玉県・男性・大学教員・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-25 15:55 [修正][削除]
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3417/3432
 但し、シンガポールでは、すべての国民に教育機会を与え、国民全体のレベルを上げるというような人材開発が進められているというよりも、国力を増強する為、計画経済の下、優れた人材に優れた人材開発、教育の機会を与え、国力を増強すると言う形での人材開発が推進されている国と見られます。また、上述した「所得格差」はこうしたことを一つの背景として顕在化しているとも言えます。また、シンガポールの歴史の中では、リークワンユー元首相は、「上位の遺伝子を持つ人同士の結婚を推奨した」などと言った話もあり、国家的な動きとして、こうした人材開発が推進されたことを窺わせる話も残っています。

 さて、そのシンガポールの積極的な人材開発でありますが、様々な国際ランキングでは、教育、医療、経済競争力に於いて高位に順位付けされており、国力増強という視点からは、実績を残していると言えましょう。そして、その人材の源となる国民の構成を見ると、この国は日本のような単一民族国家ではなく、多文化主義及び文化多様性がある国であります。

 シンガポールの民族構成を見ると、華人(約75%)、マレー系(約15%)、インド系(約10%)及びその他若干のユーラシア人に大別出来、その大部分の人々は2言語を操る国民であり、共通語及び第2母語として英語を使用していることから、このグローバル時代にはあった人材が存在していることとなります。このように実力のある華人によってリードされ、今日にまで至ったシンガポールは、その計画経済政策姿勢が当たり、現在は経済的繁栄をする国となっていますが、貧富の格差が生まれると共に、やや抑制された市民的自由と政治的権利や制限された言論の自由と言った特徴も見られ、シンガポールを、「準独裁政治体」にある国家と看做すべきであると言った厳しい見方もあります。

 尚、このシンガポールは、国際社会に於いては、東南アジア諸国連合(ASEAN)原加盟国5箇国のうちの1国であり、また、アジア太平洋経済協力(APEC)の事務局設置国、東アジアサミット、非同盟、イギリス連邦加盟国でもあります。そしてまた、上述したように「光と影」を持つシンガポールではありますが、シンガポールの国際社会に於ける影響力、発言力は明らかに増していると認識しておかなければならないと思います。(おわり)

(連載1)シンガポールについて  ツリー表示
投稿者:真田 幸光 (埼玉県・男性・大学教員・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-24 18:27  
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3416/3432
 私が国際金融の仕事を通して知ったシンガポールという国は実に、「スマート」な国でありました。計画国家としての色彩が強く、秩序の中に国の方向性をしっかりと捉える、統制色の強い国であったとも言えます。また、英国との関係の深さなどを背景に、欧州国家との関係も深く、私が勤務していたドイツ系ドレスナー銀行のアジアのRegional Headquarterもシンガポールに置かれ、シンガポールには多くの欧州人が駐在していたことを今でも思い出します。

 シンガポールの歴史を紐解くと、そもそもシンガポールでは2世紀頃に人々の定住が始まり、それ以降は一連の現地の帝国に属してきたと言われています。そして、今のシンガポールは、1819年にトーマス・ラッフルズがジョホール王国からの許可を得て、イギリス東インド会社の交易所として設立したことを基にするとされています。因みにシンガポールにある老舗ホテル・ラッフルズホテルはこのトーマス・ラッフルズに由来しています。そして、5年後の1824年には、英国はシンガポールの主権を取得し、1826年にはシンガポールは英国の海峡植民地の1つになりました。また、第二次世界大戦の間は大日本帝国に一時占領されましたが、終戦を経た混乱の後、1963年にシンガポールは英国からの独立を宣言し、マレーシアと合併しました。

 しかし、その2年後に、シンガポールはマレーシアから追放されました。むしろ、これがシンガポールにとっては幸いし、それ以来、実力を持つ華人(例えば、有名な人物としてはリー・クワンユーシンガポール元首相)を中心に、英国をはじめとする欧州との連携も維持したことによって、シンガポールは計画経済を推進、急速に経済発展し、アジア四小龍の1角として認知されることとなったのであります。

 こうしてシンガポールは今、貿易、交通及び金融の世界的な中心地の一つとなっており、世界第4位の金融センター、外国為替市場及び世界の港湾取扱貨物量でも世界有数の金融市場と貿易港を持つこととなり、金融・サービス並びに世界物流の重要な中継地となっているのであります。因みに、国際金融機関である世界銀行も、「シンガポールは世界で最もビジネス展開に良い国である」と認知してきているのであります。こうした結果、シンガポールの一人当たり国民所得は6万米ドルを超えており、世界有数の国民所得を有していますが、一方で世界有数の所得格差も存在する国とされており、光と影が交錯する国でもあります。こうした中、私が注目している点はシンガポールの人材開発であります。(つづく)

(連載2)「中東のバルカン半島」レバノンをめぐる宗派対立 ← (連載1)「中東のバルカン半島」レバノンをめぐる宗派対立  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-22 10:27 [修正][削除]
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 レバノンでは、1992年に内戦が終結。大統領権限を弱めて首相の権限を強化し、さらにムスリムに議席を増やすなどの修正を加えることで、宗派体制は基本的に維持されました。しかし、その後もヒズボラはイスラエルへの攻撃を続けており、しかもその力はますます強化されてきました。2006年にはヒズボラの対艦ミサイルがイスラエル軍艦艇を撃沈。このミサイルも北朝鮮の技術や製品がイラン経由でもたらされたものとみられますが、いずれにせよレバノン内における影響力の大きさからヒズボラは「国家のなかにある国家」と呼ばれてきました。その一方で、他の周辺国と同様、レバノンでもアル・カイダやISの台頭と並行してスンニ派の過激派の活動が活発化。2014年にISが建国を宣言した後、少なくとも900名がレバノンからシリアに渡ったとみられています。これに対して、先述のようにシリア内戦のなかでイランとともにヒズボラはアサド政権を支援しており、2015年2月にはISとの戦闘を初めて公式に認めました。つまり、シリア内戦とIS台頭を受けて、レバノンでは以前から鮮明だった「キリスト教徒対ムスリム」だけでなく、「スンニ派対シーア派」という宗派対立も加熱してきたのです。

 そんななか、11月5日にレバノンのハリリ首相は辞意を表明。スンニ派のハリリ首相にはヒズボラに対する反感が強かったものの、2016年12月にヒズボラを迎えた内閣が組閣されました。こうして宗派間の融和への期待が高まっていただけに、突然の辞任表明は大きな衝撃となりました。辞任にあたっての演説で、ハリリ氏は「自分の生命を狙う者がある」と述べ、その首魁としてイランやヒズボラを示唆。これを受けて、サウジアラビアをはじめとする周辺スンニ派諸国のメディアでは、「暗殺計画を企てたイランやヒズボラ」を非難する論調が噴出。スンニ派のハリリ首相にとって、「国家のなかの国家」ヒズボラやそれを支援するイランが「目の上のタンコブ」であることは確かで、その観点からすれば「イランの策謀」をスンニ派諸国が喧伝することも不思議ではありません。

 ただし、これには異論もあります。カタールを拠点とするアルジャズィーラは11月6日、「ヒズボラはこれまでハリリ首相と対立しておらず、サウジこそ首相辞職を仕掛けた張本人」というヒズボラの見解を掲載。それによると、ヒズボラとの融和を進めようとしていたハリリ氏に対して、サウジはその資金力を背景に退陣を迫り、ひいてはイランやヒズボラの影響力を一掃しようとしているというのです。今年6月、サウジアラビアなど周囲スンニ派諸国は、「イランとの関係」を理由の一つとしてカタールへの経済封鎖を開始。サウジの大きすぎる引力から逃れようとするカタールとの確執は報道戦、宣伝戦でも鮮明なため、この点においてアル・ジャズィーラの報道は割り引く必要があります。とはいえ、サウジアラビアがレバノン政府に外交的圧力を加えてきたことは確かです。2013年、サウジ政府はレバノン政府に対して30億ドルの軍事援助を約束。シリア内戦が激化し、イランやヒズボラの活動が活発化するなか、サウジはレバノンを自陣営に引き込もうとしていたといえます。ところが、2016年2月、サウジ政府はこの軍事援助の停止を発表。突然の援助停止は、サウジが期待するほどにはレバノン政府がイランやヒズボラに敵対的でなかったことへの制裁とみられます。2017年初頭には両国政府が軍事援助の再開について協議していることが明らかになりましたが、その後目立った進展は報じられていません。

 さらに、ハリリ首相辞任後のサウジ政府の動向には不可解な点もあります。辞任発表の翌7日、ハリリ氏は空路でサウジに移動。そこからUAEに向かうはずでしたが、その後サウジを出国しておらず、サウジ政府に拘束されているという疑惑も浮上。レバノン政府高官がサウジ政府にハリリ氏解放を求める事態に至っています。これに先立って、11月6日にサウジアラビアのアラブ・ニュースは「ハリリ氏辞職の後を引き継ぐことは容易でなく、サウジアラビアにはイエメンのスンニ派への支援を期待したい」というレバノンのスンニ派指導者のコメントを紹介しています。「相手から望まれて介入すること」は植民地時代の欧米列強の常套手段でしたが、これまでの経緯に照らせば、サウジがレバノンに影響力を増すための下工作に入ったというストーリーにも、大きな無理はないといえるでしょう。もちろん、現状において詳細は定かでなく、ハリリ首相の辞任の真相は不明です。とはいえ、ハリリ氏の辞任が、サウジアラビアとイランのつばぜり合いがレバノンに及びつつあることの表れであることは、間違いないようです。言い換えるなら、地域一帯を覆いつつある宗派対立の波が「中東のバルカン半島」にやってきたことになります。この緊張の高まりは、既に上昇し始めていた原油価格にも影響を及ぼすとみられ、その意味で日本を含む各国も無縁ではいられません。少なくとも、北朝鮮と米国の軍事衝突のリスクと同様、中東一帯を巻き込む対立が世界全体に少なからず影響を及ぼすことは確かといえるでしょう。(おわり)

(連載1)「中東のバルカン半島」レバノンをめぐる宗派対立  ツリー表示
投稿者:六辻 彰二 (神奈川県・男性・横浜市立大学講師・40-49歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-21 15:52  
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 11月10日、シリア軍は国内のIS最後の拠点アブカマルを奪還。ISの勢力が衰退しつつあります。しかし、中東情勢は混迷の度を深めており、スンニ派の中心地サウジアラビアとシーア派の大国イランの間の対立は、その主な軸となっています。この対立はシリア、イエメンなど中東各地に飛び火してきましたが、レバノンは「次の戦場」の最有力候補ともいえます。11月10日、米国のティラーソン国務長官はサウジとイランに対し、「レバノンを代理戦争に用いないよう」警告。米国が伝統的な同盟国であるサウジと、長年の敵であるイランの双方に呼びかけることは異例です。多くの日本人にとって縁遠いこの小国は、しかし中東をさらに不安定化させる導火線になりかねないのです。

 サウジアラビアとイランはいずれもイスラームの大国ですが、それぞれスンニ派、シーア派の中心地として犬猿の仲。イスラーム圏での影響力を競い、最近では両者の代理戦争ともいうべき衝突が中東各地でみられます。とりわけ、イエメン内戦はその激化が懸念される問題です。イエメンでは2015年、シーア派の武装組織「フーシ派」が首都を占拠。これに対して、イエメン政府を支援するサウジなどスンニ派諸国が空爆などを開始する一方、イランはフーシ派を支援しているといわれます。こうして、もともと国内の権力闘争だったイエメン内戦は、サウジとイランの支援によって激化。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると18万人以上が難民となり、28万人以上が国内で避難する事態となっています。11月4日、フーシ派はサウジアラビアの首都リヤドに向かって短距離弾道ミサイル、ボルケーノH-2を発射。サウジ政府の発表によると、リヤド近郊の国際空港そばの人口密集地帯を狙ったもので、飛来した弾道ミサイルのうち一発をパトリオットミサイルで迎撃したといいます。今回、フーシ派による攻撃で用いられた短距離弾道ミサイルは、北朝鮮から輸入したものとみられます。イエメンが北朝鮮からミサイルを輸入していることは、かねてから報告されていました。相手を構わずミサイルを売る北朝鮮の存在は、中東の火種をさらに大きくしているといえます。ともあれ、今回の攻撃を受けて、サウジアラビアはイランを非難したうえで、10日にはフーシ派の拠点となっているイエメンの首都サヌアにある国防省の庁舎を空爆。イエメン内戦は泥沼の様相を呈しています。

 イエメンで顕在化したサウジとイランの対立は、冒頭に述べたように、レバノンにも波及しつつあります。その背景には、レバノンが中東でも特に複雑な宗派構成をした国であることがあげられます。レバノンは人口約600万人の小国ですが、数多くの宗派がモザイク状に分かれて暮らしており、この複雑な宗派関係が発火しないよう、独立以来人口に比例して宗派ごとに政府の役職や議会の議席を配分する「宗派体制」が採用されてきました。大統領は当時人口が一番多かったマロン派キリスト教徒に、首相は二番目に多かったイスラームのスンニ派に、国会議長は三番目に多かったイスラームのシーア派に、といった具合です。しかし、1960年代にはムスリム人口が増加。人口に応じて議席配分などの変更を求めるムスリムと、既得権益を守ろうとするキリスト教徒の間で対立が深刻化するなか、イスラエルの支配に抵抗するパレスチナ・ゲリラ(ファタハ)が流入したことで、宗派間の人口バランスがさらに変化しました。これをきっかけに、1975年にはキリスト教徒とムスリムの間の衝突が発生(レバノン内戦)。「宗派共存のモデル」と目されていたレバノンは、一転して戦場と化したのです。レバノン内戦の展開は、周辺国の思惑が渦巻くものとなりました。レバノン内戦の発生を受けて、翌1976年にシリア軍はキリスト教徒中心の政府を支援する形で介入。これにより、「キリスト教徒対ムスリム」という構図で始まったレバノン内戦には「ねじれ」が生まれました。アサド政権はファタハがレバノンで勢力を伸ばし、これを「乗っ取れ」ば、イスラエルとの戦争にシリアも巻き込まれることを恐れ、敢えてムスリム側を攻撃したといわれます。さらに、パレスチナ解放を目指すファタハ(スンニ派)の拠点がレバノンにできるのを嫌ったイスラエルも、1982年にキリスト教徒を支援する形で侵攻(ガリラヤの平和作戦)。イスラエル軍の猛攻の前に、ファタハはレバノンから撤退せざるを得なくなりました。ところが、イスラーム諸国、とりわけファタハと宗派で共通するサウジなどスンニ派諸国のほとんどは、ファタハ救援に割って入ることはありませんでした。イスラーム諸国は「『パレスチナ解放』を共通の目標として共有している」というタテマエであっても、実際には中東随一の軍事力をもち、米国の支援を受けるイスラエルと正面から衝突する気はなかったのです。

 その一方で、シーア派のイランやシリアはレバノン内戦で異なる動きをみせました。イスラエル軍の侵攻を受け、1982年にはイランの支援のもと、レバノン南部にイラン型のイスラーム共和制の樹立を目指すヒズボラが発足。ヒズボラはイスラエル軍への攻撃を続け、イスラエルや米国から「テロ組織」に指定されました。これに対して、シーア派で共通するシリアのアサド政権は、イランがヒズボラ支援のためにシリア国内を通過することを容認する一方、マロン派キリスト教徒を中心とする現体制を支援して、2005年まで軍を駐留させました。アサド政権にとっては「ファタハにつき合わされて」であれ「イランにつき合わされて」であれ、イスラエルとの全面戦争に突っ込むことを避ける必要があり、そのために宗派が異なっても、レバノン政府を監督する立場に立つ必要があったといえます。第一次世界大戦以前のバルカン半島では、ゲルマン系やスラブ系の民族意識が高まり、それぞれをオーストリア・ハンガリー帝国やロシア帝国が支援するなか、いつ爆発するか分からない「バルカンの火薬庫」と呼ばれていました。国内が数多くのグループに分かれ、それぞれを外部の国が支援することで対立が激化してきたことから、レバノンは「中東のバルカン半島」と呼べるかもしれません。(つづく)

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投稿者:倉西 雅子 (神奈川県・女性・政治学者・50-59歳)  [投稿履歴]
投稿日時:2017-11-18 17:02 [修正][削除]
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 そして、何よりも、今日の中国と『1984年』との共通点は、その“二重思考”にあります。オセアニア国もまた一党独裁体制なのですが、この政党のスローガンとは、“戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり” の三つです。“二重思考”とは、理性に照らせば矛盾する正反対のものを同時に信じ込む思考方法であり、オセアニア国の国民は、政府の指導によってこの思考の訓練が課せられているのです。

 つまり、理性や論理性を強制力で捻じ曲げる訓練であり、国民に対する思考力の破壊行為と言っても過言ではありません。こうした詐術的な思考方法には、誰もが嫌悪感や反発を抱くものですが(難解で高度な思考方法を装いながら、その実態は、単なる嘘吐きの方便に過ぎない…)、共産主義国を見ますと、まさにこの忌まわしい“二重思考”が観察されています。中国も例外ではなく、平和を主張しながらその一方で軍拡を進める言動や、進歩的国家を目指しながら中華帝国へと回帰する矛盾は、“二重思考”以外のなにものでもないのです。

 同作品は、冷戦期のアメリカにあって、ソ連邦の全体主義の欺瞞と恐怖を余すことなく描き出した反共の教材の役割をも果たしましたが、今日にあって、『1984年』は、中国、並びに、それを背後から支える国際勢力(新自由主義勢力?)の危険性を伝えているように思えます。

 『1984年』の世界では、“思考警察”が国民の“思考犯罪”を取り締まっており、党の思想に反する考えを抱く者に対しては、強制収容所送りといった刑罰が科されます。習近平思想の登場とその学習の強要は、国家が本格的に国民の内面=思考の自由にまで踏み込むディストピアが、まずは現代中国において現実化する前触れなのかもしれません。(おわり)

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