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2009-01-25 00:00
「どこか別のところ(Elsewhere)」症候群について
古屋 力
会社員
いまインターネットの発展進化の影響か、「どこか別のところ(Elsewhere)」症候群が蔓延しているようだ。いま人々は常に「どこか別のところに行かなければ」という焦燥感、強観念にとらわれているらしい。先日の“Newsweek”(28th Jan 2009)にニューヨーク大学社会部長が書いたエッセーだ。実に面白い、鋭い分析である。「常に動いていて、自分の居る場所と時間が正しいと思えるのは、次の目的地に移動している最中だけ、という気がする」と言うコメントが印象的であった。1950年代から米国では「どこか別のところ」に向けてという、社会変化が始まったらしい。そして人々の財布と家庭と人間関係に影響を与え、人々はいま戸惑っている。
それは、日本人にも当てはまる。昔はいまよりも労働時間は短く、しかも職場を出た後は、家庭でゆっくりと夕食を一緒にすごせた。現代のようにPCに向かって仕事の続きをするなんてありえなかった。だから、子供とキャッチボールをする時間的な余裕もあった。しかし、いまはその余裕がない。人々がいつもイライラしている。そしていつも、この「今」を大事にしなくて、「どこか別のところ」に気持ちは向いている。だから、列車に乗るのでも、次の列車を待たずに、プラットフォームを走るのか、女子高校生が人目をはばからず車内で化粧をするのか、と妙に合点した。そこには「今」を大事にする姿はないのである。
人間って賢いか愚かか時々分からなくなる。本来は誰しもが、ゆとりのある心豊かなおちつきのある人生を希求しているのに、結局その日を目指していまはがんばるのだと、無理しながら「今」を犠牲にして、しゃかりきになって働き、戦争し、競争し、家族を失い、心が荒れて、神経を衰弱させて、そしてあらゆる大事なものを犠牲にして、結局それで人生が終わってしうまう危険をいつもはらんでいる。それでは人生いつになったって楽になりゃしまい。どこか別のところにいつも気持ちがいっていて心ここにあらずなのである。でも本当に大事なことは、「人生は今の積分でしかない」ことを自覚することである。「明日」は妄想であることを知るべきである。夏の日の「逃げ水」のように、「どこか別のところ」を追っかけても、いつも遠くへいってしまうのである。もともと、どこか別のところなんてこの世にないのである。
「忙しい」という漢字は「心を亡くす」と書くんだ、と昔高校の国語の先生が仰っておられたことの含意を思い出した。昔まだ若くて、青臭い頃、為替ディーラーの友人と飲む時に、彼らがミニロイターをテーブルにおいて飲んでいるので、「為替と友達とどっちが大事なのだ」と、真剣に怒ったことがあった。最近でもM&Aの要職にある外銀の友人が、テーブルのかたはらにブラックベリーをおいて交信を見ながら飲んでいるので、やや気の毒に思った。彼らは職業柄やむなく、かわいそうだとは思うが、なぜこうまでして、私生活に仕事なり、他の要素の侵食を許すのか。いまの便利だけれども公私の境界線のぼやけてしまったシステムの欠陥のなかに、現代人の「人間疎外」を感じた。最近では高校生や大学生も、居酒屋で友人と飲む時に、お互いに話をしないで、それぞれ自分の携帯のメールを見ている場面が多いとも聞く。皆さん「どこか別のところ」に気持ちがいっていて、「今」の自分が空虚なのである。カラオケもしかり。筆者はカラオケが苦手である。なぜかというと、皆さん自分だけの世界に気持ちがいっていて、そこに心の交流がないからである。虚しく時間が消費されてゆく気がしてならない。
これは現代政治や国際経済についても、言えることではあるまいか。サブプライムも地球環境破壊もいずれもそうであるが、目先の飽くなき営利を追求して、自分のgreedyな行為の結果であるその向こうに横たわる世界の人々の様々な悲しみや死屍累々に無頓着で無責任である、とは言えまいか。「オレの知ったこっちゃない」と居直っていないだろうか。およそ正当化しえない大義名分や詭弁を理由に、はるか遠い国の人々の頭上に、平気で爆弾を落とし、その地上には心優しい静かな生活があることに、なぜ無頓着でいられるのか、なぜ無神経でいられるのか、と思う。人間の最も大事な「今」の心優しい日常を思う感性が退化して、「どこか別のところ」にとらわれた政治や経済の視野狭窄と焦燥感が、「人々の幸せ」を破壊している。このNewsweekのエッセーを読んで、そんなことを徒然に思った。そして、昔、ドイツで子供と一緒に読んだドイツ人童話作家のミヒャエル・エンデの『モモ』をふと思い出した。
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