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2009-07-24 10:29

(連載)宇宙空間と国際政治(2)

矢野 卓也  日本国際フォーラム研究員
 他方、安全保障の観点からみて、今後とも重要となるのは人工衛星である。英語では人工衛星の別名を "eye in the sky”というが、この呼び名がすべてを物語っている。すなわち、超高度から地球上をくまなくモニターするといった行為が、伝統的な安全保障のみならず、非伝統的な安全保障においても極めて重要となってくるからである。「宇宙空間には、地上の論理がそのまま反映される」ということの例証が、人工衛星のこの機能に他ならない。伝統的な安全保障、たとえばミサイル防衛に際しては、偵察・警戒等の機能は不可欠であろうし、非伝統的な安全保障、たとえば気候変動、環境問題、海賊等の問題に関しては、衛星によるデータ収集・解析は、地上では不可能な現状分析を可能にしてくれる。衛星なしにこれらの問題への対策は不可能である、といっても過言ではない。ちなみに、こうした衛星に活用される技術が、元来軍事用に開発されたものであり、のちに民生用に転用されたことはいうまでもない。

 たとえば、すでに世界各国で普及している米国主導のGPS(Global Positioning System)などがそうである。GPSは、今後世代交代を重ねてますます精緻化してゆくだろうし、EUやロシアも独自の衛星測位システムを開発中である。軍用技術がほどなくして民生利用される、というのが宇宙開発の常である。このように、冷戦期に始まった宇宙開発競争は、その後より「実用的」な用途へと転換し、地に足を着けたかのようである。ただし、先に少し触れたように、中国が月と火星に有人探査機を送り込む計画を発表したように、ある種ロマン的な宇宙開発計画も死に絶えてはいない。これが、中国のような後発国ならではの野心かと思いきや、米国も前ブッシュ大統領が有人宇宙飛行計画を打ち出したり、欧州でも欧州宇宙機関(ESA)が「オーロラ」という有人宇宙探査計画を発表したこともある。

 このような計画は、むろん喫緊の実用性とは程遠い計画である以上、繰り返し立ち消えになったり、延期されたりするものの、いずれまた息を吹き返すことは大いに考えられる。なにせ、地球に近接した宇宙空間の先に、人類のロマンをかきたてる無限の空間が拡がっているのだ。「実用性」とは異なった次元で、今後とも人類と大宇宙との関わりを模索する「文明的」作業は続いて当然だとみていい。その意味で宇宙開発競争は、オリンピックと同様、国威発揚と人類の偉業が微妙にからむアリーナを提供しているといえるかもしれない。ひるがえって、我が日本であるが、2008年に「宇宙基本法」が成立し、新たな宇宙開発時代に入ろうとしている。旧態依然とした「軍事」「非軍事」の二分法の垣根を取り払ったことで、宇宙開発をめぐる国際社会の常識に一歩近づいたといえる同法は、今後、我が国が安全保障(伝統的・非伝統的を問わず)の面で、積極的な国際貢献をなすための重要なインフラであるといえよう。

 しかしながら、繰り返しになるように「宇宙空間では地上の論理がそのまま反映される」のである。技術的な先進性をいかに誇ろうとも、集団的自衛権やその他の問題に関し、さまざまな憲法上の制約を課しつづける限り、我が国の宇宙開発が飛躍することはないだろう。宇宙空間に「日本の論理」のみを反映することはできないからだ。我が国の宇宙開発を進歩させるには、我が国の「地上の論理」を改善することが近道である。その上で、たとえば国産の有人飛行計画なども視野に入ってくることになるだろう。アポロ11号から40年。我が国の「地上の論理」は、当時とさほど変わっていないと考えるのはうがちすぎだろうか。要は、すぐれた国際感覚が優れた宇宙開発を生むことを認識することである。(おわり)
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