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2009-10-18 18:39

「平和の戦士」を顕彰することには意味がある

猪野塚 雅代  NPO職員
 中牧博さんの「ノーベル平和賞は、もともと『政治的』な存在である」という投稿を興味ぶかく読ませていただきました。ノーベル賞が公平・中立をめざすものではなく、ノルウェーという国の戦略的な価値発信であるという指摘には納得させられるものがありました。私としても、ノーベル平和賞にはそれなりの存在意義があると思うのですが、その一方、同賞に対しては、中牧さんが指摘しておられないもう一つの有力な批判があります。それは、「世界で一番平和に貢献した人物や団体に与える、という同賞の理念は、19世紀的アナクロニズムである」という批判です。つまり、ノーベル平和賞には、「平和への貢献」を特定の個人や団体に帰着させることがそもそも可能である、という19世紀的な通念が色濃く残っているという主旨です。これは検討に値する批判だといえます。

 たしかに今日のきわめて複雑な国際社会において、平和への貢献を、特定の個人や団体に帰着させることは極めて困難です。平和というものは、目に見える個人や団体の活動に支えられているのみならず、日米同盟や国際法といった、制度やシステムに拠るところが少なくないからです。平和に貢献した業績を、特定の個人や団体が一手に引き受けるということに疑問を抱く人がいてもおかしくはありません。また、歴史の世界では「英雄史観」の超克ということが今や常識となっています。歴史はカエサルやナポレオンといった偉人伝に登場するような「英雄」によって創られるという19世紀的な歴史観は妥当性を失い、時代精神、制度、社会システムといったさまざまな要素を通じて歴史を捉えようという考え方が主流となってきました。

 このことは現代の平和構築にも通じるといえないこともありません。国際社会において平和を実現するためには、各国の国際協力にはじまり、国際的な制度構築、政策協調などが必要であり、それらは個人を超えた次元の営みであることは明らかです。ただ、私としては、あらゆる分野において偉大な貢献をした人物というのは存在し、そういった人物を顕彰することは重要だという常識的な立場に立ちたいと思います。そうした顕彰には、顕彰する人物「そのひと」を讃えるものではなく、「そのひと」の指し示した理念や価値観を支持する、という意味合いが込められているからです。

 その意味でも、ノルウェーが、ノーベル平和賞を通じて、今後とも戦略的な価値発信を行い続けることには、少なくない意義があるといえます。たとえば世界の各地で孤独な戦いを強いられている「平和の戦士」にノーベル賞を与えることによって国際世論の支持を集めることもできます。あるいはオバマ大統領が受賞することで、国際的な核軍縮の趨勢が定着するといった効果も期待できます。歴史は「英雄」のみが作るものではありませんが、しかし「英雄」不在の歴史を求めることもまた不健全です。21世紀においても、われわれは「平和の戦士」を必要としています。彼らに光を当てることは、これからも大事なことではないでしょうか。
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