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2010-07-22 09:51

テロ安全対策はスポーツの世界にも影響

島 M. ゆうこ  エッセイスト
 ラクロスと呼ばれるゲームは、12世紀に生まれた伝統的及び歴史的なスポーツである。ラクロスは、現在アメリカ北東部やカナダ東部に存在する6つの部族で構成されたイラコォイ国家と呼ばれるインデアンが発明したゲームとして知られている。世界で最も古いスポーツのひとつであるラクロスは、元来、宗教的及び儀式的由来があるが、近代に至っては、日本でも大学などで多くのチームが試合を行い、ワールドカップ参加など国際的になっているのは、ご存知の通りである。アメリカではどちらかというとエリート・カレッジで人気があるようだ。

 最近アメリカのニュース番組は、イラコォイ国家のラクロス選手団は、彼等の所持するパスポートが9.11以後の世界には技術的に時代遅れだとして入国できなかったため、イギリスとの対抗による最初の世界選手権の試合に参加できなかったことを伝えた。過去30年間、彼等は自国が発行したパスポートを使用することが許可されていたが、英国は新たな規則に基き、カナダかアメリカのいずれかの政府発行の書類又はパスポートを提出しないかぎり、彼等のパスポートは「非合法だ」として、入国できないと決定したからである。その為、選手団はアメリカにしばらく足踏み状態になっていたようだ。

 早速この事態に関与した国務長官ヒラリー・クリントンは、アメリカのパスポートを発行出来るよう取り計ったが、選手団はこの申し出を拒絶した。過去に彼等独自のパスポートを使用して4年毎に開催される世界選手権に参加してきたこと、新しい規則については事前に知らされていなかったこと、パスポートが旧式という理由だけで入国できない事が理解できないこと、カナダにもアメリカにも属さないイラコォイ国家の存在を認めないイギリス当局の態度が納得できないこと、などを拒絶の理由にあげている。

 一方イギリス当局は、テロリスト対策の安全性重視の観点から移民法に基く規則を変えることは出来ないと主張しているようである。これはある意味で、誰が英国に入国できる資格があるのか、又はないのかを暗示したものであると言える。アメリカ又はカナダ発行のパスポートを要求したイギリス当局の決定は、イラコォイ国家そのものの存在と、ラクロスの伝統と歴史の重要性を認めなかった結果であると言える。アメリカでは1830年代のインディアン撤去法後、大半のインディアンはネイティブ・アメリカ人として多様民族社会に融合していた。その一方で、イラコォイ部族国家のように、インディアン居留地に移住し、血族関係に基く協議会政治を主体としている部族も存在する。このような独自の文化と先祖を持つラクロス選手団にテロリストが混入する可能性があるとは考えられない。

 9.11後の先進国は、バイオ・メトリックと呼ばれる高度な技術を駆使した電子チップを挿入し、顔写真改造を不可能にする新たなパスポートを発行している。2005年頃から日本も含めた多数の国でこのパスポートが普及しているようだ。各国が安全性を強化するためには、パスポートの標準化が必要な時代になってきたのだろうか?このような類の安全性より自国のアイデンティティの重要性を主張したイラコォイ国家の若き選手団と、テロ安全対策法を盾にしたイギリス当局の権威が衝突した事実に何とも表現しがたい複雑な思いが残る。歴史と伝統を誇るスポーツにも、グローバル時代のテロ安全対策法はかなりの影響力があることを鮮明にした残念なエピソードである。
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