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2011-02-21 13:45

(連載)『産業構造ビジョン2010』を読む(2)

池尾 愛子  早稲田大学教授
 というのも、自由な経済社会における産業構造の転換の提言となると、そこには飛躍があるように感じられるからである。例えば、経済産業省が先端的企業の事業戦略に関心をもつことは悪くないとしても、国際標準を決める団体は民間組織であるとも聞くので、政府や省庁の果たせる役割がどれほどのものかがよくわからない。産業技術の国際標準の問題については、民間の主体性が必要であろう。また、国際ビジネスになると通貨や金融の問題が絡み、それらに関与するのは金融庁か日本銀行になるであろう。省庁の縦割りを廃していこうとする提案は、意気込みも高く評価できるが、政府や当該省にできることと、できないことが、区別して書かれていないことが気にかかった。

 一部提言について「新重商主義的」な政策提言であるとのレッテルが付される恐れがないか、危惧される。というのも、この言葉は一部経済学者の間ではネガティブな響きをもっているからである。日本を通商国家として成り立たせるための提言をまとめるということにすれば、飛躍も起こらなかったのではないかと感じられる。ところで政府・行政と市場・民間の役割分担については、1990年代半ばに発足した行政改革委員会の下に設置された官民活動分担小委員会で議論され、『行政のあり方に関する基準』と題する報告書が1996年12月に発表されている。この報告書では、市場原理の利点がわかりやすく要約され、全般的な基準として、民間活動の優先、行政活動の効率化、行政による責任の遂行と透明性の確保、定期的な見直しの実施があげられている。

 政府関係の報告書のなかで、民間活動の優先をとなえ、政府の失敗を十分に認識して行政活動の範囲を必要最小限にとどめることが重要であると主張したのは、初めてのことであった。もっともこのような理念は、行政改革委員会の下に先行して設置されていた規制緩和小委員会の「規制緩和推進計画」に反映されており、実行にも移されていた規制緩和の流れの中に埋め込まれていて、現在にも引き継がれていると思われる。当時の報告書は、行政改革委員会OB会監修『総理への提言:規制緩和・情報公開・官民の役割分担の見直し』(行政管理研究センター、1998年)に全て収録されている。

 2010年の産業競争力部会は、1996年の官民活動分担小委員会に比べて、新しい政府の役割を見出したのである。私の言いたいことは、あくまでも国際的な競争環境の変化などの分析結果を強調し、1996年の報告書『行政のあり方に関する基準』を参照しておけば、よりわかりやすかったであろうこと、政策思想の分析なしに「『新自由主義的』な政策思想の後退」などと書くと、執筆者たちの政策思想が問われることになり、分析結果が曖昧になりかねないということである。それでも『産業構造ビジョン2010』の現状と課題の分析には、経済産業官僚の面目躍如たるものがあり、力強くて元気を出させてくれる部分があり、一読の価値あり、と紹介しておきたい。(おわり)
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