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2011-02-23 10:13

シーア派・イラン結託論は近視眼的

武嶋 護  中東情勢観察家
 昨年末以来の中東諸国の政変で、チュニジア、エジプト、バハレーンのような親米諸国や、リビアのように米国に完全服従を決め込んだ国の政権・体制が、総崩れ的な状況にある。このような状況は、米国・イスラエルと敵対するイランを利する結果になりうるのは事実である。しかし、「混乱に乗じてイランが地域諸国、とりわけシーア派信徒が多数住む国に対する影響力を拡大しようと画策している」、あるいは「シーア派住民の権利の拡大がイランの浸透を招く」との類のイラン脅威論やシーア派・イラン結託論は、いかにも近視眼的であり、表層的分析であると言わざるを得ない。何故なら、この種の単調なイラン脅威論は、あくまで米国の利害に立った見解であるし、その実情について検討の余地が大いにあるからだ。

 「シーア派住民を通じてイランが政治的な影響力を拡大する」ことは、実はそう簡単に起こり得る話ではない。筆者がそのように考える根拠は、以下の2点に要約できる。第1は、シーア派に限らず、中東の諸宗派はほとんどの場合、単一の政治行動をとっていないことである。例えば、イラクのシーア派の政治勢力は、サッダーム・フセイン政権の放逐前から既に複数の勢力が分立し、2010年の国会議員選挙とその後の政治過程では、宗派を単位とした選挙連合や院内会派を組むことすらできなくなっている。また、ヒズブッラーの「活躍」で一躍有名となったレバノンについても、シーア派に割り当てられた国会の議席は、同党と、アマル運動というより世俗志向の強い政党が分け合っている。

 第2は、シーア派信徒の帰依の対象としては、イランよりもイラクが格上だということである。例えば、シーア派の主要な巡礼地・聖廟・学求の拠点は、ナジャフやカルバラーなど、そのほとんどがイラクにある。それ故、イラン政府はもちろんのこと、イランにあるシーア派教学の拠点やそこにいる宗教的権威が、世界中のシーア派信徒の帰依を集め、彼らを統制するとは極めて考えにくい。その上、イラン・イスラーム共和国の統治原理である、シーア派の法学者が積極的に政治を監督すべきだとする「法学者統治論」は、シーア派の信仰・社会・政治生活に関する学説の一つに過ぎず、シーア派の宗教権威の間では「政治には極力介入すべきではない」との学説の方がむしろ優勢である。イランの外で「法学者統治論」と最も親和性が高いとされるヒズブッラーも、宗教上の帰属が極めて多元的なレバノンの現状を黙認することで、生き残りをはかろうと努めている。すなわち、ヒズブッラーにとって「法学者統治論」は、政治目標ではなく、彼らの確信・信条の一つに過ぎないのである。

 従って、シーア派信徒は必ずイラン支持者であるという考え方は、中東地域や諸宗派の現実を顧みない、プロパガンダの域を出ない見解である。シーア派という信教の問題と、イランの政治的影響力の伸長という政治上の問題を混同する手法は、競合相手を貶める宣伝手法の一つだということを見落としてはならない。このような手法は、イランが米国を「悪魔」、「傲慢勢力」とさげすむのと大差がないのである。とはいえ、中東地域で仮に「民主化」が実現すれば、各国の外交政策についても対米従属以外の世論や民意が表明される可能性はある。その中には、イランなど米国・イスラエルと敵対する当事者にとって好ましいものも含まれるであろう。ただし、そのような世論や民意が示されたとしても、それは対米従属の見返りとして存続を許されてきた強権支配が動揺した結果であり、その背後でイランが暗躍した結果と考えるのは何とも強引な論法であろう。
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