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2011-05-16 07:44

サミット向けに早くも「トーンダウン」の脱原発路線

杉浦 正章  政治評論家
 窮地に陥った人物のやりたい放題を論語で「小人窮すればここに濫(らん)す」というが、どこかの国の首相のためにあるような言葉だ。当初は「してやったり」とばかりに意気揚々だった「浜岡原発停止」をうけた「原発ドミノ倒し路線」も、首相・菅直人は早くもサミットを控えてトーンダウンを余儀なくされ始めた。方向は「原発安全性高め堅持」であり、新エネルギー計画の柱に据えたはずの再生可能エネルギーも「重視」の表現にとどめるという。国民の感情論をあおって支持率回復を狙いはじめた市民運動家・菅に、人気取り政策の効かない国際社会の現実は厳しい。最近の政界を取り巻く奇妙な風潮は、原発事故で総裁・谷垣禎一以下自民党が従来の原発政策を反省してうなだれ、菅が鬼の首を取ったように一転活性化していることだが、ちょっと話しが違うのではないか。原発重視のエネルギー戦略は確かに自民党政権が推進し、日本の産業構造を世界に冠たるものに仕立て上げる原動力となってきたが、民主党政権はこれに輪を掛けた原発重視路線を打ち出しているのだ。現在30%にとどまっている原発依存度を「2030年には50%にする」と決めたのは、2010年6月の菅内閣の閣議決定だ。何と14基以上も増やすという方針であり、まさに「原発ルネサンス」の先頭を切る勢いだった。菅はこの基本路線を突っ走ったあげくに、海外への売り込みもなりふり構わずに展開し、同年10月にはベトナムのグエン・タン・ズン首相との首脳会談で売り込みに成功。規模は1兆円にのぼる成約だった。

 これに味を占めた菅は、首脳外交で米国などへの積極的な売り込みを展開しようとしていた矢先の福島原発事故である。民主党内では、歴代自民党政権の原発政策に責任を転嫁しようとする発言が相次ぐが、これを「猿の尻笑い」という。一方、「浜岡」は君子豹変というより、「窮すれば濫す」が正解だ。全くの独断で、「手柄を独り占めしようと」突っ走ったのが証拠だ。筆者が「原発ドミノ倒し」と指摘した通り、発表の直後に臆面もなく「原発50%」を取り下げ「白紙に戻す」と言明した。しかし、菅はサミットがあるのを忘れていた。サミットは仏ドービルで5月26、27日に開かれるが、諸外国首脳の中では議長の仏大統領・サルコジが「浜岡停止」の報に一番驚いたようだ。超原発依存国であるフランスにとって、福島事故はその政策の基本を揺るがしかねない問題をはらんでおり、原発推進のアメリカ、イギリスと組んで、なんとか原発政策維持の方向で議長声明をまとめるべく、調整をしているところだったのだ。ドービルを「原発サミット」にしたいのだ。このためサルコジが訪日の際、菅に対して原発政策維持を要請したとの説もある。日本が方向転換しなければ、あとはドイツ首相のメルケルが脱原発で声を荒げないように説得すれば良いのだ。このためサルコジは東京の大使館に対して「直ちに真意を探れ」との指示を出したとされる。

 こうした反応が首相官邸にも届き、菅はフランスの思惑と国内向けに「良い顔」をしたいはざまで揺れ始めた。しかし、官房副長官・仙谷由人は「原発はベスト・ミックスを修正しながら堅持する。これまで以上に気をつけながら継続する」としている。東京電力が、安定供給、環境性、経済性を総合的に考えながら、原子力、火力、水力など、それぞれ特長を持つ発電方式をバランスよく組み合わせた電源設備づくりを「電源のベスト・ミックス」と呼んでいるのを受けた言葉だ。おそらくこの仙谷の方針から影響を受けたのであろう。サミット向けに菅もトーンを変えざるを得ない方向となって来たのだ。だいいち菅が強調する太陽光や風力、バイオマスといった再生可能エネルギーを原発を補う柱に据えるのは、現在の科学技術では不可能の部類に属する。空想的に将来を語るのは自由だが、サミットで現実の解決策として提示するには無理があるのだ。毎日新聞によると、菅は再生可能エネルギーへの「シフト(移行)」という考えを5月21日からの日・中・韓首脳会談で表明したい考えだったようだが、脱原発の姿勢と誤解を招きかねないないことから、同首脳会談でもサミットでも「重視する」程度の表現に落ち着く方向だという。また読売によると、サミットでは「原発は安全性を高めた上での利用継続」の方針を打ち出すという。

 サミットでは「より安全な原発維持」を前面に出し、再生可能エネルギーの推進は将来の課題とせざるを得ない流れとなって来ているのだ。要するにトーンダウンである。そもそも福島原発事故はチェルノブイリの惨事とはほど遠いものの、収束にむかっての苦闘が続き、避難を余儀なくされている住民が出ている状況である。この段階で長期エネルギー計画を提示することは、感情論に流されやすく、国家百年の計にはなり得ない。ましてやその国民感情を“活用”して、保身を計るごときは、許されるものではあるまい。ここは原発が落ち着きを取り戻し、国民感情が平静になった時点で考えるべき課題だろう。5月16日付朝日の世論調査の特徴は「浜丘停止」の大向こう受け政策にもかかわらず、「菅に早く辞めて欲しい」が41%と変化がなく、同紙は「政権への眼差しが大きく好転したとは言いがたい」と分析している。調査結果をきっかけに、朝日はこれまで「菅降ろし」を「失速」と断定してきた方針を転換、関連政局原稿で、「野党が内閣不信任案提出を視野に対決姿勢を強めるだけでなく、民主党内にも同調を探る動きもあり、政権の反転攻勢は容易ではない」と、何と“失速を失速”させたのだ。読売の調査でも、支持率は30%で、不支持率の60%を大きく下回った。何はともあれ、講談では「小人に罪なし、玉を抱きて罪あり」とも言う。菅さんには罪がなく、首相の地位という玉座が悪いのでござりましょうか。母親なら「この手が悪い。この手が」としかる。
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