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2011-08-30 09:30

(連載)震災から5ヶ月に想う:J.S.ミルの訓え(2)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 「衣食足りて礼節を知る」といわれるように、物質的基盤があってこそ、精神的な領域に気を配ることができるということは確かだと思います。しかし、その一方で、日本では長く「衣食足りて」の部分そのものが目的化されてきた、ということです。しかし、いくら経済成長しても、上をみればキリがありません。近年の金融危機は、経済成長や利潤の拡大そのものを目的化する、グローバルな潮流の帰結でもあります。

 その意味で、今回の震災は、もちろん大きな悲劇ではありますが、その一方で日本という社会が、何を目指すのかを再考する機会になるでしょう。物質的基盤の確保を目的ではなく、個々人が自らの精神的充足を目指すための手段として捉えなおす、ということです。物質的充足のみを目指す社会が、逆に脆いものであることは、バブル崩壊後の日本に暮らした人間なら、知っているはずです。そこで「バブルを再び」と願うより、別のステージに一歩踏み出す方が、社会としての成熟に繋がると考えるのは、私だけでしょうか。

 ジョン・スチュアート・ミルは『功利主義』のなかで「満足した豚より、不満足な人間の方がよく、満足した愚か者より、不満足なソクラテスの方がよい」と強調しています。厳密で、水も漏らさぬ思考と筆致が特徴のJ.S.ミルにあって、ひときわ目立つ、大胆な一節です。ミルは「最大多数の最大幸福」で知られる功利主義者ジェレミー・ベンサムから影響を受けながらも、物質欲を正当化する功利主義からの決別を図りました。ベンサムが物質的快楽と精神的快楽を同列に置いたのに対して、J.S.ミルは後者に優位を置いたのです。「人間」や「ソクラテス」が「豚」や「愚か者」よりいいというのは、前二者が物質的快楽に埋没せず、さらに自分が享受しているもの以外の「幸福(快楽)」について知っていて、それとの対比が可能であるから、ということです。

 ここからは、物質的な充足感のみを求めるのでなく、それを踏まえたうえで、精神的充足を目指すべき、というミルの想いが伝わってきます。「(ルソーは人間のハートに訴えかけたが)ミルは人間のマインドを高めた」と評される所以です。古来、日本には「足るを知る」という言葉があります。ミルの思想は、これに通じるものと言えるでしょう。(おわり)
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