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2011-11-10 07:05

TPP参加には、対中・対露けん制の側面も

杉浦 正章  政治評論家
 民主党の環太平洋経済連携協定(TPP)に関するプロジェクトチーム(PT)の避けて通れない“儀式”が終わり、首相・野田佳彦が交渉参加を本日10日決断する。PTの結論は「『時期尚早・表明すべきではない』『表明すべき』との賛否両論があったが、前者の立場に立つ発言が多かった。政府には慎重に判断することを提言する」というのだから、事実上の両論併記だ。野田は“慎重なる判断”で交渉参加を決めればよいことでもある。野田は当初から一貫してぶれずに推進への前向き姿勢を明らかにしてきたが、その背景にあるものは何か。明らかに日米同盟の重視と対中、対ロシアけん制の保守政治回帰がある。民主党政権がはじめて行う本筋の外交・安保上の決断でもあるのだ。

 日米関係は首相・鳩山由紀夫が普天間移設問題で「毀損」させ、それを首相・菅直人が「放置」して2年が経過した。この間、中国は尖閣列島での漁船衝突事件や南沙諸島への進出が象徴する拡大主義、国際経済秩序の無視など、まさに野放図に勢力拡大を図りつつある。中東のくびきから離れつつある米国はアジアに目を転じ、自国の経済をアジアの活力導入で立て直すべく、TPPに参加、これを強化するため日本にも参加を求めた。2代にわたる無能な政権が放置した日米同盟関係は、ここに来て軍事的側面のみならず経済的側面からも立て直さざるを得ない状況に至ったのだ。時々思い出したように語られるが、日米安保条約は第2条で「自由主義を護持し、日米両国が諸分野において協力することを定める」と、経済協力がうたわれており、経済条約の側面もあるのだ。こうした背景をもとに、TPPはアジアの安全保障と経済秩序を日米主導に引き戻すという意味合いを濃厚にしているのだ。

 このような動きを反映するかのように、首相周辺もTPPにおける外交・安保上の重要性に言及し始めた。首相補佐官の長島昭久は講演でTPPへの参加について「中国とどう向き合っていくかが最大の戦略課題だ。中国から見て『なかなか手ごわい』と思わせる戦略的な環境を整えていく」と遠慮のない対中けん制をしている。さらに長島は「アジアを米国と中国だけに仕切らせない。アジア太平洋の秩序は日本と米国で作っていく積極的な視点が必要だ。アジア太平洋全域を私たちの庭として手に入れ、経済秩序と安全秩序を作っていく」と強調した。外交・安保上の2年の空白はロシアの北方領土不法占拠の恒久化、爆撃機の列島一周など露骨な軍事挑発をも招いており、対露けん制の意味合いも色濃い。外交・安保上の「縮みの2年間」からようやく脱却できるチャンスとなり得るのだ。また20年にわたる経済の低迷も、これを契機にダイナミックな離脱へと動かさなければなるまい。

 おそらく中国もロシアも、日本国内のTPP論議を固唾をのんで見守っているに違いない。まず中国の反応が早かった。全く滞っていた日中韓3か国による経済連携協定(EPA)の共同研究に前向き姿勢に転じたのだ。近く結論が出て、来年から交渉の運びとなる方向だ。野田は国会答弁で「TPPからFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)への道筋もある」と中国、韓国の参加した自由貿易圏構想への発展も視野に入れていることを明らかにした。しかし、TPPの交渉自体がまだこれからであり、その先の展望が立つ段階ではあるまい。日本が参加表明すれば反対する国はないと思われる。TPP交渉に参加している9カ国の経済規模は名目GDPで世界の27%程度。日本が加われば、36%と一挙に拡大する。日本の参加の是非はTPPが成功するかどうかの鍵を握っていることでもあるのだ。しかし、加盟9か国すべての承認手続きが必要となる。特に米国は通商交渉権を議会が持っており、手続き完了が来年以降になる可能性が強い。

 従って野田が参加を決断して、加盟が承認されても、交渉が長引けば、交渉妥結が野田政権でなくなっている可能性も否定出来ない。しかし怨念の権力闘争と異なり、TPPはいわば政策論争だ。野田が交渉参加に踏み切れば、きな臭い動きも生じる可能性は否定出来ないが、時間と共に沈静化するだろう。離党発煙を繰り返す前農水相・山田正彦と抱き合い心中する向きが多いとは考えられない。落ち目の国民新党代表・亀井静香程度がいくら旗を振っても、新党などはとても無理だ。逆に野田が参加の決断をしなければ、普天間問題での首相・鳩山由紀夫のはちゃめちゃな公約撤回と全く同じ形態となり、内閣は吹き飛ぶ。それにつけても、自民党のTPPに対するいいかげんさは目に余るものがある。総裁・谷垣禎一は賛成も反対も言うに言えず、「時期尚早論」を述べているが、物事には潮時というものがある。党としての見解を打ち出せないが故に、政権を批判するのでは、かつての何でも反対の社会党と変わりがないではないか。とても政権復帰など言える対応ではない。
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