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2012-05-07 20:28

(連載)国連シリア監視団の前途にある暗雲(1)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 4月30日、政府・軍による市民の弾圧が続くシリアに、国連平和維持部隊の監視要員第一陣が到着しました。その任務は停戦監視と治安維持にありますが、その前途は多難です。本来、平和維持部隊は内戦や国家間の武力衝突が一段落し、当事者間で停戦(終戦とは限らない)合意が成立した後、その合意の遵守を双方に求めるため、第三者の立場で紛争地帯に入るものです。1948年から始まった国連の平和維持活動には、5つの原則があります。(1)受入れ国の同意、(2)派遣国の同意、(3)戦闘行為の自制、(4)内政不干渉、(5)中立不偏、の5つです。これらは要するに、停戦・終戦はあくまでその当事者同士の合意に任せ、国連部隊は戦闘停止が守られ、市民に犠牲が出ないように監視することが主任務で、しかも国連に部隊を出す国、これらを受け入れる当事国、双方の同意に基づくというものです。つまり、平和維持部隊は紛争の終結を積極的に斡旋したり、まして力ずくで紛争の解決を図るものではありません。これは各国の主権を最大限に尊重する、という基本理念に基づきます。そこに限界があることは言うまでもありませんが、かといって紛争終結への積極的なアプローチをとればいいというものでもありません。

 冷戦終結の直後、国連はより積極的な介入を企図し、それを実際にソマリア内戦で実行しました。1993年、B.B.ガーリ事務総長(当時)の発案に基づき、アメリカ軍を中心とする国連部隊が、内戦の最中にあったソマリアに軍事介入し、武装勢力を力ずくで引き分けることを試みたのです。「希望回復作戦」と名付けられたこの強制的な軍事介入は、しかしソマリアの武装勢力の全てから受け入れ表明があったものではありませんでした。そのため、アメリカ軍主体の国連部隊は敵対的な勢力からの攻撃を受け、これに反撃し、結果的に内戦の当事者となって、ソマリア人からの憎悪の対象となってしまったのです。部隊兵士から多数の犠牲者が出るにともない、アメリカと国連は態度を一変させ、2年を待たずにソマリアから撤退しました。その経緯は、映画「ブラックホーク・ダウン」にも描かれている通りです。

 泥沼の内戦状態に陥った国で、丸腰の市民が日常的に虐殺される状態は、放置してよいものではありません。しかし、当事者の同意を得ずに強制的に介入する難しさを、国連とアメリカはソマリアで学んだのです。それから20年近く経った今日、シリアへの国連部隊の派遣は、国連や西側諸国にとって、ソマリアとはまた違った意味で困難な取り組みになるとみられます。コフィ・アナン前国連事務総長の仲介もあり、シリアのアサド政権は停戦と国連部隊の受け入れに同意しました。この点で、国連は従来の手順をクリアすることができました。しかし、問題はアサド政権が停戦を宣言しているにもかかわらず、シリア軍による反体制派と市民への武力弾圧が、ほぼ全く止んでいないことです。つまり、国連シリア監視団(UNSMIS)は、停戦合意が全く守られていない状況下で、武力行使もできず、仲介もできないなかで、停戦合意を遵守させるという、限りなく困難なミッションを課されているのです。

 UNSMISの派遣は、派遣そのものにシリア軍による武力弾圧を抑制する効果があるという意見もあります。つまり、国際社会からの更なる非難を避けるため、たとえUNSMISがほぼ丸腰に近いものであったとしても、その目の前で武力行使をすることは控えるだろう、という観測です。しかし、そうであればと願いますが、現実にはUNSMISの監視をかいくぐって、シリア軍による攻撃は続いているようです。UNSMISは300名規模で編成され、もともとそれでシリア全土をカバーするのが困難なうえに、全ての人員がまだ揃ってはいません。「国連加盟国の主権尊重」の原則のもと、平和維持部隊の規模や編成についても、受入れ国の同意が必要です。アメリカをはじめとする西側先進国とシリア政府の外交交渉の結果、人員が制限され、さらに航空機の使用などにも制限があるなかで、UNSMISの派遣はアサド政権にとって「国連の要請を受け入れた」という内外向けのアピールを可能にした一方、実質的な監視を困難なものにしたといえるでしょう。(つづく)
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