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2006-08-28 10:55

靖国問題は国内問題である

田島高志    東洋英和女学院大学大学院客員教授
 小泉総理の靖国神社参拝に対する中国や韓国の反発が契機となり、日本国民の間にあらためて靖国神社、太平洋戦争(大東亜戦争、アジア太平洋戦争)、東京裁判、戦犯、戦争責任などについて、その経緯、内容、意味など様々な角度からの議論が展開されている。

 それらの議論は、天皇、総理、閣僚、個人など各レベルでの靖国神社参拝の意味と同時に、靖国神社の今後のあり方を考えるための検討の材料を与えている。さらに、それは日本人が、自国の歴史や戦争について、また今後の日本の進むべき道についてより深く考える貴重な機会を提供している。

 小泉総理が、靖国参拝は心の問題であり、平和を願う気持ちからであるという論理は理解できるし、一個人としての立場であればもっともな点を含んでいると思う。しかし、一国の総理の行動は、内政上のみならず外交上も重要な意味を持つものであり、当然両方の影響を充分考慮して行動すべきであるにも拘らず、それらの考慮に欠けた靖国参拝は、現下のグローバリズムの世界で日本の繁栄を計るべきわが国の最高指導者としてのあるべき行動ではなく、私には賛成できない。

 しかし、私は中国の言い分に対しても、中国の内政上の観点からは理解できるが、日中協力関係の一層の進展が中国の国益であるにも拘らず、戦後これまでの日本の平和外交を無視し、執拗に過去の歴史問題を繰り返す無益な行動には賛成できない。

 小泉総理の靖国参拝は、中国の感情的ナショナリズムと同じレベルに下がった日本側の一時的な感情的ナショナリズムを満足させたかも知れないが、理性的ナショナリズムに基づく長期的な日本の国益に沿った行動ではない。日本はもっと大人になるべきであり、米国の政府や知識人も他の諸国も小泉総理の靖国参拝は賢明な行動とは見ていないことを悟るべきだと思う。

 ただ、私は、冒頭に述べた最近の日本国内の議論からより鮮明になったことは、靖国問題は、中国や韓国との関係の問題である前に、先ずわが国の国内問題であるとの点だと思う。ここでは、特に靖国神社のA級戦犯合祀の問題に限って現在感じていることを述べて見たい。

 そもそも靖国神社は、当時は元首であった天皇のために、即ち国家のために戦争で尊い命を捧げた英霊を祀るところとして設立された。その経緯を考えれば、靖国神社は、単に宗教法人である一つの神社に過ぎないというものでは全くなく、日本の国家と政府に直接の関係を持つ特殊な存在であると考えるべきである(その考えから、1969年から国会に5回も靖国神社法案が提出された経緯がある)。

 従って、第一に、A級戦犯となった人々は、戦争で命を失った訳ではないので、靖国神社に祀られる正当な理由や資格がないのではないかと思う。乃木希典や東郷平八郎が戦死ではなかったため、その功労にも拘らず靖国神社に祀られなかったという例もあるくらいである。まして、A級戦犯は、功労どころか国家を破局に追い込んだ戦争を遂行し、多くの国民を犠牲にした指導者として責任を持つ人々なのである。

 第二に、昭和天皇のお立場から考えれば、先日報道された「富田メモ」でも再確認されたように、天皇ご自身が靖国神社へのA級戦犯の合祀を不快に感じておられ、国のために戦争で命を落としたとお認めになっていない人々が、果して靖国神社に祀られる資格があるのであろうか。昭和天皇は、平和論者で戦争に反対であり、当時の首相や閣僚の報告に不快や不信の念を表明された事例が何回もあったことは既に明らかになっているとおりである。そのようなA級戦犯が、天皇のご承諾も得ないまま宮司の一存で靖国神社に合祀されたということは、靖国神社の本来の趣旨に反することではなかろうか。(なお、厚生労働省は、国は遺族援護のため戦犯刑死者を公務死と認定したのみで、合祀決定には参加していないとの立場である。)

 第三に、実際に戦争で命を犠牲にし、靖国神社に祀られた弐百万以上の英霊の立場から考えれば、無謀な戦争を始めたのみならず、自分達をそのような戦争に駆り出し、犠牲を強いた指導的責任のある人々が、自分たち犠牲者と同じように靖国神社に祀られていることは、納得が行かず、不愉快なことと感じているのではなかろうか。そのため、これら弐百万以上の英霊には、靖国神社が居心地の悪いところになっていないであろうか。また、英霊の遺族にとっても、自分達の肉親に犠牲を強いた責任者が同じように神格化され祀られていることは、実際は不愉快なことではなかろうか。

 第四に、A級戦犯自身も、敗戦に導いた責任を感じている人が多く、戦争犠牲者と同じように靖国神社に祀られていることは、きっと潔しとしないのではなかろうか。

 以上のように考えれば、A級戦犯が靖国神社に合祀されていることは、正当性、合理性、妥当性を欠くことと考えざるを得ないのではないか。従って、靖国問題は、中国や韓国や他の外国がどのように考えるかという問題であるよりも前に、日本人自身が靖国神社をどのように考え、どのように扱うかを決めるべき国内問題だと見ざるを得ないのである。
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