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2012-07-23 10:05

「ダマスカスの火山とシリアの地震」作戦発動

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 シリア情勢が最大の山場にさしかかったようです。シリア反体制派の自由シリア軍が現地時間の7月16日午後8時に、「ダマスカスの火山とシリアの地震」と名付けた作戦を全土で開始したと発表しました。攻撃対象は治安部隊やアサド政権支持派民兵「シャビハ」だけでなく、ヒズボラやイランの革命防衛隊など、アサド政権と結びついた外国勢力も含まれる、としており、これはまさに自由シリア軍が総攻撃に突入したことを示唆しています。おりしも14日には、国際赤十字委員会がシリアの状態を「非国際的な武力紛争」、つまり「内戦」と認定しました。これにより、今後シリアで民間人の殺傷などが行われた場合、国際人道法によって戦争犯罪に問われることになりました。さらにまた、自由シリア軍の総攻撃は国際社会の反応にも影響を及ぼすとみられます。特に18日には、国連の安全保障理事会で、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツから新たな決議案が提出される予定です。この提案は、アナン前国連事務総長の仲介と提案に基づき、国連シリア監視団の派遣期限を45日延長するとともに、国連憲章第7章に基づく制裁の実施を可能にする内容を含みます。この場合の制裁には、外交、経済のみならず、軍事介入も含まれるため、中国とロシアはこれまで通り消極的な反応を示すことが予想されます。

 西側先進国と中ロの対立は今に始まったことではありませんが、ここしばらくのシリアをめぐる対立の中で、両者は「チキン・ゲーム」の状態に陥っているとみられます。つまり、お互いに強気の態度をとり続け、先に下りた方が負けの、度胸試しの状態です。西側にしてみると、「軍事介入はしない」に越したことはありませんが、あからさまにその立場を示し続ければ、シリアだけでなく、中ロからも譲歩を引き出しにくくなります。そのため、「軍事介入も可能な決議を通そうとする」姿勢を示すことで、相手にプレッシャーをかけ続けているのです。しかし、以前にも取り上げたように、西側先進国は基本的に、シリアに介入することに消極的です。したがって、このプレッシャーは、カードゲームのなかでさも強い札を持っているふりをする「ブラフ(はったり)」と同じで、相手がゲームから降りることを促している側面が大きいと言えるでしょう。

 このことは、中ロも認識していることでしょう。しかし、中ロもまた、「主権尊重」を盾に西側につっぱり続けているものの、「内戦」の認定を受け、アサド大統領が戦争犯罪に問われる可能性が出てきたなかでは、いつまでもシリアを擁護することのリスクは大きすぎます。故に、できるだけ自らの傷が小さい形でゲームから降りるのが、中ロにとって得策な状態ができつつあるといえます。とはいえ、西側4カ国の提案を呑んでしまえば、後々西側が中ロの人権問題に介入・干渉する前例を作りかねません。よって、中ロも西側と同様に、「ゲームから降りたいけど降りられない」ために強気の姿勢をみせ続けざるを得ない状態にあるのです。ただし、18日の安保理決議が採択される可能性は大きくありませんが、遅かれ早かれ中ロも軍事介入以外の制裁の容認には転じざるを得ないとみられます。

 冒頭の自由シリア軍による総攻撃は、このように国際環境が煮詰まってきたなかで発動されました。この結果を予想するのは困難です。しかし、この総攻撃によってアサド政権側が致命的な損傷を受けた場合、中ロもシリアの見切り時を得て、国連の対応は一気にアサドを見放す方向に向かう可能性があります。他方、アサド政権が「ダマスカスの火山とシリアの地震」作戦を押さえ込んだ場合でも、より緩やかに西側と中ロの妥協が進む方向性自体は変わらず、その結果アサド包囲網が敷かれていくことになると予測されるのです。
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