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2012-08-01 00:58

(連載)領土問題は日本の政治家にとって「儀式」にすぎないのか(2)

袴田 茂樹  新潟県立大学教授
 これまでも紹介したことがあるが、日本とは対照的な例をひとつ示そう。ソ連から独立した小さな国モルドバは、ロシアと沿ドニエストルの領土問題で対立している。ただ、同国は経済的には主要産業のワインの約8割の輸出先はロシアで、ガス輸入も全面的にロシアに依存しているが、2005年にはロシアからワインの禁輸措置をとられ、ガスも止められた。そのとき、ヴォローニン大統領は「モルドバはたとえワイン市場を失っても、またロシアのガスを失っても、沿ドニエストルに関して譲歩はしない。われわれはたとえロシアのガスがなくても、震えながらでも冬を過ごす覚悟ができているし、決して降伏はしない。モルドバはその代価がいかに高くつこうとも、みずからの領土保全、主権を犠牲にはしない」と、述べている。

 私が常に述べていることだが、どの国にとっても、主権問題は本質的には戦争と同じ次元の問題なのである。戦争と同じ次元と言っても、軍事的な対応が必要という意味ではない。モルドバはとうてい軍事力でロシアに対抗できる国ではない。しかしモルドバの態度は、全国民の大きな痛みの覚悟という点で、まさに戦争に臨む場合と同じ真剣度である。現実に戦争ができないとなれば、少なくともこれだけの真剣度を示して、初めてロシア側も相手は本気だと思い、小国といえども真剣な対応を考える。モルドバとロシアの間の領土問題は解決していないが、その後モルドバは禁輸措置を解除させ、沿ドニエストルの独立やそのロシアへの併合は阻止した。

 私は、日本はモルドバの真似をせよとまでは言わない。「正気の」日本人にとって、モルドバの対応はおよそ「クレージー」としか思えないし、真似などできっこないからだ。ただ、われわれは、ロシアが主権問題で他の国とどのような勝負をしているかを知る必要がある。対露政策に関わっている日本のある外交官は「経済関係ではすべて日本にプラスになるような形で、領土交渉も進める」と豪語した。しかし、経済関係にも、どこにも痛みが出ないような形で、言葉だけでいかに強く領土問題を主張しても、ロシア側が「日本は本気だ」と思うはずがない。

 中国との間の尖閣問題で、石原東京都知事や日本政府が尖閣の買い上げを発表したとき、丹羽宇一郎駐中国日本大使は「日中関係を悪化させる」としてこれを批判した。丹羽氏は結局日本政府からも批判されて、その言葉を撤回した。元商社代表として、彼が最初に考えたことは「経済面での打撃を何とか避けたい」ということだったのだろう。「主権を守る」ということの意味を、すなわち一国の大使の最大の使命を、彼がまったく理解していなかったということでもある。それは、商社代表の彼を大使に任命した政府責任者が、国家主権とか、大使の任務とかを理解していなかったことをも意味する。しかし、これは、政府や一部政治家の責任ではなく、国家主権の問題を理解していない戦後の日本国民全体の責任でもある。領土問題という国家の主権に関わる基本問題に関して、ロシアが日本「無視」、あるいは「儀式」としての対応といった侮蔑的な対応を続ける限り、つまり、ロシアが日本国家に対して真っ当な敬意を抱かない状況であれば、他のどのような分野においても、日露間で正常な関係を構築するのは不可能であろう。(おわり)
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