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2012-11-01 15:25

(連載)対露政策を政局の具とするな(1)

袴田 茂樹  新潟県立大学教授
 野田首相が今年12月にロシアを訪問するという。また、今年7月の日露外相会談で玄葉外相はプーチン大統領に、森喜朗元首相の訪露を打診し、プーチンは「いつでもどうぞ」と答えた。日露間の様々なレベルでの交流と意思疎通は大変結構である。ただ、単なる国内政局に利用するための具として首相会談や日露交流を考えるとすると、これはきわめて危険である。また北方領土問題が進展する客観的な可能性がまったく無いときに、政治家や官僚が、今がチャンスという幻想と一方的な期待を抱いて、日露関係で何か業績を残そうとの野心を抱くとしたならば、これもまたきわめて危険である。

 野田首相は今年6月にメキシコ、9月にウラジオストクでプーチン大統領と会談した。今、両者の顔繋ぎが必要なわけではなく、今年12月予定の首脳会談は、国会解散を引き延ばし政権を延命させるための政局利用との批判が一斉に上がっている。どうしても日露の首脳が急いで話し合わなくてはならないという緊急課題が今あるからではなく、首脳会談を行うこと自体が自己目的となっているのだ。そもそも、政権が続くか否かという「崖っぷち政権」の状況で、ロシア側が日露間の何か重要な問題を本気で交渉するはずがない。ロシア側は、このような首脳会談に対しては、単なる「お付き合いの儀式」として対応するだけだ。

 その結果は何か。ロシアに対してだけではなく世界に対して、日本の提案する首脳会談の軽さ、日本の政治家の軽さ、ひいては日本という国家やその政治の軽さとお粗末さを、強く印象づけるだけである。これは今後のあらゆる外交交渉、対外関係にも響くし、国益に対する大きなダメージとなる。森喜朗元首相の訪露はどう受け止められるか。森氏とプーチンの個人的関係が今も良好なことは事実である。しかし、ヴァルダイ会議で私がプーチンと話したとき、プーチンには森氏との領土交渉に関して苦い想い出があることが分かった。それは、2000年に森首相の強い要求で1956年宣言の有効性を認めたのに、日本は56年宣言を基に領土問題を決着するという合意を、その後破ったではないかとプーチンは述べたからだ。つまり、2000年頃、日本側から間違ったシグナルがプーチンに送られていたのだ。

 森元首相が訪露してプーチンと会ったとしても、プーチンは領土問題を森氏と話し合うつもりはない。後述のようにそもそもプーチンは今北方領土問題を解決しようとは思っていないし、また現在の日本政府が重大な主権問題を交渉出来るほど安定しているとも思っていない。さらに森氏がこの問題を左右できるとも思っていないからだ。野田首相との会談が行われるとすれば、森氏の訪露自体が、友人としての訪問以外に意味を持たなくなる。プーチンは今それほど暇ではない。では、日本の一部政治家たちが抱いている野心、つまりプーチンが大統領に復帰し、今こそ北方領土問題を前進させるチャンスであり、このチャンスを逃したら未来永劫に機会は失われる、という見方はどうだろうか。はっきり断言するが、「プーチンは北方領土問題を本気で交渉しようとしておりその力もある」という見解は幻想である。ロシアの指導部や政界の雰囲気をまったく無視し、一方的に日本側の期待を投影しただけの空想論である。現在のように現実に解決の可能性がまったく無いときに、幻想と一方的な期待をもとにして、日本側からあれこれの譲歩案を提案することが最も危険なのである。(つづく)

 
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