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2012-12-14 11:31

(連載)エジプト革命は終わらず:国民投票をめぐる混乱(1)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 12月15日、エジプトで新憲法の草案を承認するか否かを問う、国民投票が実施されます。しかし、国民投票を前にエジプトでは、モルシ大統領の政権運営と、新憲法案をめぐって国論が二分しています。4日には、モルシ大統領と憲法草案に抗議する人々が大統領府を取り囲み、警官隊と衝突しました。首都カイロだけでなく、アレクサンドリアなど、他の都市でも同様のデモが発生しており、エジプトの体制転換は一つの山場を迎えています。2010年12月にチュニジアで始まった一連の政変、「アラブの春」のうねりのなか、エジプトで30年にわたって権力を握っていたムバラク大統領が失脚したのは、2011年2月のことでした。ムバラクを批判する抗議デモは、最初は大学生をはじめとするリベラルな若年層が中心でしたが、やがてムスリム同胞団に代表される穏健なイスラーム組織がこれをリードするようになりました。

 ムスリム同胞団は、イギリスの経済支配のもとで資本主義経済が波及し、貧富の格差が拡大し始めた1920年代のエジプトで生まれました。以来、ムスリムの五つの義務の一つ、持てる者が持たざる者に自らの富を分け与える「喜捨」の精神のもと、ムスリム同胞団は貧者救済を活動の柱にしてきたのです。しかし、それによって貧困層の間で人気と支持を集めたことで、ムスリム同胞団は時の権力者達から常に警戒されることになりました。弾圧されるなか、ムスリム同胞団のなかからもテロや暴力的な活動に向かう者が現れ、特にムバラク政権のもとでは、両者の対立が激しさを増しましたが、その間もムスリム同胞団は貧者救済を通じて、貧困層の間に支持を広げていったのです。

 つまり、ムスリム同胞団の勢力拡大は、政府が本来担うべき医療、貧困世帯への扶助、インフラの整備といった社会サービスの提供、に加えて、ムバラクなど、(イスラエルを支援する)欧米諸国と友好的で、世俗的な権力者への反発と、これを背景とする宗教復興、を大きな背景にしていたのです。いずれにせよ、イスラームの教義というアラブ社会に根付いた求心力と、貧者救済の物質的恩恵を考えれば、ムスリム同胞団が「アラブの春」が波及したエジプトで、無類の動員力を発揮できたことは、不思議ではありません。これを反映して、2011年12月から2012年1月にかけて行われた議会選挙でムスリム同胞団の政党「自由公正党(FJP)」が508議席中235議席を獲得して第1党に踊りで、さらに2012年6月の大統領選挙ではFJPのモルシ候補が当選しました。誕生から約100年をかけ、ムスリム同胞団はエジプトの国家権力を握ったのです。

 しかし、新憲法の採択という、体制転換の大詰めを迎えて、ムスリム同胞団はかつてなく他の勢力と対立しています。ムバラクという共通の敵、あるいは憎悪の対象があるうちは、反ムバラク派の間の摩擦が大きくなることはありませんでした。ところが、モルシ大統領が就任した後、ムスリム同胞団などイスラーム組織と、それ以外の勢力の間の確執が目立つようになりました。6月の大統領選挙では、ムバラク政権で最後の首相を務めたシャフィーク氏が、モルシ氏と一騎打ちを演じました。シャフィークの支持者には富裕層や中間層が多く、彼らはいわばムバラク政権のもとでの既得権益層でした。最終的にシャフィークは敗れたものの、これはムバラク政権下でエジプト中に張り巡らされた汚職に基づく利益供与のネットワークが、ビジネスマンや公務員を中心に、根強く残っていることを示したのです。(つづく)
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