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2013-01-31 09:58

(連載)ミャンマーの民主化・少数民族問題と日本(2)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 これら一連のプロセスは、なぜ急に進展したのでしょうか? その大きな要因として、ミャンマーの置かれた国際的な立場があげられます。リーマンショックを皮切りにした金融危機の影響で、ミャンマーでは2007年9月に燃料費高騰などに抗議するデモが発生しました。このとき、通常は政治問題に関与しない仏教僧までもが抗議デモに加わっていたことは、状況の悪化を物語るものでした。ともあれ、1988年以来最大規模のデモを武力で鎮圧したことで、軍事政権は欧米諸国のみならず、近隣の東南アジア諸国からも批判にさらされたのです。ミャンマーにとって、欧米諸国からの批判に対する防波堤としてある周辺国からの批判は、これまでにない圧力として働くことになりました。これに加えて、ミャンマーの体制転換においては、中国ファクターも無視することができません。西側先進国とほぼ断絶状態にあったミャンマーに進出し、資源や市場を確保していったのは、インドやタイ、そして中国でした。なかでも中国は、2010年の対ミャンマー輸出額が38億2800万ドル以上(IMF, Direction of Trade Statistics Yearbook)。その一方で、パイプラインを通じた天然ガスの輸入も進めています。

 中国の国家間関係の原則は、「内政不干渉」。個人が不可譲の人権を持つのと同じく、国家には自らのことを決定できる主権があります。これを最大限尊重すべき、というのが中国の公式の立場です。この立場からすれば、軍事政権であることや、人権侵害、少数民族問題などは全て「内政」であり、外部が口を出すべきでない、となります。17世紀以降の近代国際政治の基本原則である「主権平等」「内政不干渉」を盾に中国は、西側先進国が進出を控えていたミャンマーの資源と市場を獲得していったのです。中国の不干渉原則は、少なくとも結果的には、他の権威主義体制と同様に、SPDCにとっても都合のいいものでした。しかし、あまりに急速に拡大する中国のプレゼンスが、現地の反発を招く状況は、東南アジアでもアフリカでも広く確認されます。欧米諸国に対するカウンターバランスとして意義を見出された中国のプレゼンスが、SPDCに「中国に呑み込まれる」という警戒感を募らせたとしても、不思議ではありません。言い換えれば、ミャンマーには、中国との関係を維持しながらも、力関係でバランスをとるために、そしてさらなる投資を呼び込むために、欧米諸国と関係を改善する必要があったといえるでしょう。

 この観点からすれば、ミャンマーにおける急速な体制転換の進行は、旧軍事政権の関係者が突然、民主主義論者になったことを意味しません。スー・チーの国際的な活躍と、昨年4月の下院補選におけるNLDの躍進に目が奪われがちですが、議会の8割はSPDCが衣替えした政党の連邦連帯開発党(USDP)によって握られています。のみならず、2008年憲法の規定により、議席の4分の1は軍人に割り当てられています。さらに、SPDC解散と同時に設立された国家最高評議会(SSC)は、憲法や法律にその規定がないインフォーマルな組織ですが、メンバーは議長のタン・シュエをはじめ、旧軍事政権の幹部ばかりで、テイン・セインもその1人で、事実上の最高意思決定機関になっています。民政移管は軍事政権の権力を温存させることを大前提にしていたとみることに、大きな矛盾はありません。

 もちろん、従来の支配構造が一朝一夕に解消されると想定する方が非現実的なだけでなく、既に権力を持つ側の改革が長期的に社会の民主化に繋がった例は、英国の名誉革命をはじめ、数多くあります。したがって、 SPDC/USDP主体の体制転換そのものは批判されるべきものではないでしょう。しかし、この体制転換が既存の権力構造を温存させるものであったことから、少数民族の置かれた状況が大きく改善することはありませんでした。体制転換後、USDPは各地の少数民族組織と交渉を開始し、その多くと停戦合意にこぎつけました。ただし、それはあくまで戦闘を一時中断するものに過ぎず、「ビルマ化」の方針が修正されたわけでも、少数民族の権利が保障されたわけでもありません。天然ガスなどの資源が出る北部で、テイン・セイン大統領による停戦命令後もミャンマー軍がKIAと戦闘を続けている状況は、示唆的です。スー・チーは議会での初めての演説において、少数民族に自治権を認めるべきという主旨の発言をしていますが、NLDが実質的な発言力をほとんどもたない国内の政治状況からすれば、その実現は限りなく遠い状況にあります。KIAはUSDPが政治的条件を抜きに停戦合意のみを前面に出してくることを批判し、政府軍との戦闘を続けているのです。(つづく)
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