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2013-03-31 21:48

対岸の火事ではないPM2.5

酒井 信彦  日本ナショナリズム研究所長・元東京大学教授
 中国からの大気汚染の公害問題は今まで情報が意図的に隠蔽されていたが、一旦解禁されると今度は呆れるほど次々と出てくる。2月10日付『産経新聞』の川越一記者の記事もその重要な一つである。それによれば、「中国でも1979年に『環境保護法』が施行法として制定されている。(中略)89年には同法が内容を強化した上で正式に施行された。(中略)『大気汚染防止法』『水汚染防止法』など関連法規も数多い」。つまり『環境保護法』なる法律は、今から34年も前に施行法として成立し、24年前には正式に制定されている。89年と言えば、天安門事件の年である。また関連の法律が沢山あるらしい。それにも拘わらず、中国の公害問題は悪化の一途を辿った。それは何故か。川越記者の説明によれば「改革・解放の御旗のもと、経済成長を優先する中で、汚染物質の排出基準などについて、中央と地方レベルの二重基準を設けることで抜け道を用意。これらの法規はほとんど空文と化していた」からである。

 中国の環境基準は、日本に比較してはるかに緩いらしいが、それをさらに骨抜きにするのだから、環境改善の効果が上がるはずがない。更に問題なのは、日本の関与の仕方である。同記事には「日中は96年に、日本政府の無償資金協力と中国政府の資金を投入して『日中環境保全センター』を立ち上げている」とあるから、これは17年も前のことである。この間に日本政府は一体何をやってきたのであろうか。今回の大気汚染騒ぎによって、日本政府は頻りに、日本の先進的な環境技術を中国に提供すると言っているが、まずやらなければならないのは、今までの中国の環境問題への日本の関与の在り方の総括でなければならない。特に日本の資金援助が具体的にいかに使われたか、徹底的に解明する必要がある。それが出来なければ、今後いくら中国の環境改善に協力したとしても、同じ失敗を繰り返すだけである。

 ところで『朝日新聞』は、中国産のPM2.5の問題に関連させて、日本産のPM2.5問題を担ぎ出している。それは、2月10日付同紙での北京の状況を報じた吉岡桂子記者の記事に添えて、国内の状態を解説した、森治文記者による「日本はまし 都条例を機に法規制」と題する記事である。それによると、日本の汚染状況は中国に比べれば格段にましで、2000年に削減するための都条例が作られ、PM2.5については2009年に環境基本法による環境基準が作られた。「ただし、減ったとはいえ、環境基準に照らした達成率は低く、対策は道半ばだ。全国46の観測地点のうち基準をクリアしたのは12地点だけだった」という。森記者はさらに、2月20日付同紙の「環境」欄の記事では、冒頭で「中国からの飛来による影響もあるが、国内対策もまだ十分とは言えない状況だ」とし、「しかし、中国の影響が話題になったことでPM2.5が国民的な関心を呼び、国内でも環境基準に達していない状況が今回、皮肉にもクローズアップされた格好だ」とまで言って、中国からの影響を心配する日本の騒ぎを、意地悪く揶揄する。

 しかしこの言い方はあまりにも変である。同じ汚染の基準と言っても、中国と日本では驚くほどの相違がある。日本の環境基準が、一立方メートル当たり35マイクログラムであるのに、北京のアメリカ大使館が危険水準とするのは250マイクログラムであり、1月には半分以上の日でこの基準を超えた。しかも今回の騒ぎは、中国からの影響を問題にしているのに、全く別個の問題であるかのように言っている。以上のことから、中国におもねった報道体質が見事に表れていると言える。ただし森記者が、すなわち朝日が最も言いたかったことは、悪質さにおいて更にその上をゆく、2月10日の記事の末尾の部分であろう。それにはこう述べられている。「国は18日以降、環境省や外務省の担当官を中国に派遣する。中国政府などと情報交換や環境協力を話し合うが、日本のPM2.5のうち越境分と自国発生分の割合がはっきりせず、中国側に技術協力の名目で削減対策を促しても『内政干渉』と受け取られかねないという」。まことに驚くべき隷中言説と言わざるを得ない。大気汚染は空気の汚染であり、自国発生分と越境分の区別がつかないから、技術協力を伴った削減要求をしても、中国側から内政干渉だと受け取られると言うのである。日本の新聞でありながら、完全に悪辣国家の側に立って、代弁している。こうなると、完全に日本の敵である。
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