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2013-09-19 10:47

(連載)イラクの安定なくしてシリアの平和なし(2)

河村 洋  外交評論家
 イラクの近隣諸国にとって最も重い問題は、イランがイラクの領空を通じてシリアに軍事援助を行なっていることである。3月24日に、ジョン・ケリー国務長官はイランからの武器供給を阻止するためにヌーリ・アル・マリキ首相と会談したが、イラク側は充分な協力姿勢を見せず国務長官は不満を募らせた。その原因は、イラク治安部隊に十分な武装が行き届かず、また十分な訓練もなされていないことにある。ライアン・クロッカー元駐イラク大使は、「オバマ政権による急な撤退によって2007年から2008年にかけての増派で得た成果が無駄になり、アル・カイダがイラクに戻って根拠地を再構築している」と述べている。クロッカー氏は注目すべき点として、本年4月23日にキルクーク近郊のハウィジャで起きたイラク軍とスンニ派の衝突は、スンニ派が反乱分子を匿って治安部隊と対決したものであったことを挙げている。ジャバト・アル・ヌシュラなどイラクを拠点とするアル・カイダ組織の中には、シリアに戦闘員を送り反政府勢力の間に影響力を広げているものもある。

 その後、イラクでの死傷者数は急速に上昇した。レイ・オデアーノ陸軍大将の政治顧問を務めたエマ・スカイ氏も新アメリカ安全保障センターへの寄稿で「戦争終結の至上命題に囚われたアメリカのイラク戦略が治安権限の移譲を前に空中分解したのは、両国の関係を非軍事的な分野で強化する代わりにイラクに関与しない政策をとるようになったからである」と論評している。国連によると、今年の7月には死者が1,000人を越え、2008年以降では最悪の数字となった。

 イラクではシーア派フィクサーのアブ・メフディ・モハンダス氏がイランの影響力の拡大を支援している。これはレバノンでヒズボラが行っていることでもある。モハンダス氏のような外部勢力の代理人の存在は、イラクの政治家と欧米外交官にとって重大な懸念材料となっている。イランにとってシリアは1979年のイスラム革命以来唯一の一貫した同盟国である。イランの近隣アラブ諸国のほとんどはシーア派革命の輸出を恐れ、イラン・イラク戦争でサダム・フセインのイラクを支持した。カーネギー国際平和財団のカリム・サドジャプール上席研究員は「イランがシリアに対して化学兵器の開発を含めた軍事援助および資金援助を行なってきたのは、ヒズボラとともにアメリカとイスラエルに抵抗する同盟国が必要だからである」と述べている。それほどまで重要な戦略的利益を考慮すれば、イランがシリアへの経路を確保するためにもイラクの不安定化を煽るのも不思議はない。

 イラクの不安定化が進めば、もう一つの近隣大国サウジアラビアにも波及効果を及ぼしうる。スンニ派とシーア派の国内抗争はサウジアラビアにも及びうる。というのも、シーア派はリヤドやジェッダのような都市部ではなく石油資源に恵まれた湾岸地域に居住しているが、そこでの彼らの生活水準は日干し煉瓦の家屋に住むような疎外されたものである。他方、眼前の石油会社はオイルダラーを稼いでいる。経済的不平等がサウジアラビアでのスンニ派とシーア派の対立を激化させている。憂慮すべきことに、シーア派の忠誠は自らが市民権を持つ国家に対してよりも、シーア派の指導者に向けられている。このことはイラクの治安悪化が域内に広がる可能性を示しており、またエジプトで見られたような過激派ポピュリズムの台頭が危機をさらに高める可能性がある。イラクの地政学戦略上の重要性は歴史的な観点から理解されるべきである。アッバース朝のカリフであったアル・マンスールがバグダッドに遷都したのは西暦762年で、そこはペルシャ(イラン)と地中海方面に勢力を伸ばしながらアラビア半島との連絡も維持するという目的には格好の立地条件であった。(つづく)
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