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2013-09-25 18:25

集団的自衛権を巡る議論で見落とされている問題点

桜井宏之  軍事問題研究会代表
 集団的自衛権行使を巡る議論が政治の世界では加速しているのに伴い、メディアでも賛否にわたる意見が交錯しています。ただしこの議論には見落とされている問題点が存在するので、この場を借りて指摘したいと思います。それは、自衛隊の武力行使が求められる時期とそれが認められる時期のタイムラグの問題です。最近目にした新聞報道で、集団的自衛権行使を認めないと「尖閣諸島周辺の公海上で米軍艦船が攻撃され、近くに自衛艦船がいても、自衛隊は米艦を救援できない」(注1)という指摘がありました。これは自衛隊の武力行使が求められる時期とそれが認められる時期のタイムラグの問題を見落としています。ただしこうした誤解はメディアにおいて決して少なくありません。

 なおこのケースは、第1次安倍内閣時の「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)が集団的自衛権を行使すべき事態と認定したいわゆる4類型のうち、第1類型(公海上で併走する米艦の防護)として既に問題提起されているものの派生型で、状況は全く同じです。自衛隊法上、武力行使が認められているのは、防衛出動時の武力行使(第88条)だけです。防衛出動下令以前では、武器の使用が認められています。両者の違いは、武力行使が自衛権の行使であり、武器の使用は警察権の行使という点です。従って自衛隊が武力行使を行うためには、防衛出動の発令が必要であり、この手続きを経ずに武力行使を行うことは自衛隊法上「違法」となります。なお防衛出動の発令には、安全保障会議や閣議決定等、第1次安保法制懇報告書が言うところの『重い手続』が必要となります。集団的自衛権が認められたとしても、上記記事のケースは、実際には、自衛艦は防衛出動の下令を待たねばなりませんので、そのタイムラグからおそらく救援は間に合いません。

 自衛隊の武力行使が求められる時期とそれが認められる時期のタイムラグについて、冨澤 暉 元陸上幕僚長が最近、隊友会機関紙『隊友』に寄稿している記事(注2)で、「防衛出動発令前の個別的自衛権の在り方を検討した上での話だと知らなければならない」と注意を喚起しています。自民党は既に「国家安全保障基本法案 (概要)」(平成24年7月4日)をまとめており、この中で、集団的自衛権行使の条件を定めています。そこでは「当該被害国から我が国の支援についての要請があること」(第10条第五号)を条件としています。更に但し書きで「武力攻撃事態法と対になるような『集団自衛事態法』(仮称)、及び自衛隊法における『集団自衛出動』(仮称)的任務規定、武器使用権限に関する規定が必要。当該下位法において、集団的自衛権行使については原則として事前の国会承認を必要とする旨を規定」するとしています。

 自民党基本法案の手続きに従えば、集団的自衛権の行使が認められても、実際の行使のためには、当該被害国の要請(常識的には、公式の外交ルートを通じてとなるはずです)を受けた後、国会承認を得て、集団的自衛権の発動という手順となるはずです。こうした手順を踏んでいたら、上記のケースには、全く間に合いません。ただし仮に日本有事の時に発生したのであれば、日本は既に個別的自衛権を発動している最中なので全く問題なく対処可能です。平時の突発的な事態に集団的自衛権の行使が間に合わないことは、お隣の韓国で発生した、天安沈没事件(2010年3月26日)や延坪島砲撃事件(2010年11月23日)において在韓米軍が全く対応しようとしなかった(すなわち集団的自衛権を行使しなかった)ことからも明らかです。集団的自衛権行使が認められたとして、上記記事のケースには間に合わない(これについては日米共にお互い様です)という点を理解しないまま議論を進めていると、思わぬ落とし穴にはまりかねないので、注意を喚起する次第です。

(注1) 2013年9月21日付『読売』第14版第4面「尖閣国有化1年⑥ 自衛隊だけで奪還困難」。
(注2) 『隊友』第713号(2013年9月15日)第6面掲載「集団的自衛権解釈はネガティヴ・リストで」。
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