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2014-05-02 12:15

(連載2)ロシアは孫子の兵法で見事に勝利

袴田 茂樹  日本国際フォーラム評議員
 4月17日の演説で、プーチンは「われわれの課題は、クリミアの住民が自由に意思表明をするための条件を保証することであった。そのために、必要な措置をとらなくてはならなかった。自動武器などで武装した過激な民族主義の武装部隊などを排除するためである。したがって、クリミアの自警団の背後には、勿論のことであるが、ロシアの兵士がいた。彼らは誠実に、断固として、プロとしての行動をとった。それ以外には、住民が住民投票をきちんと遂行して、自己の意見を表明する方法はなかったからだ。クリミアにはウクライナ兵が2万人以上、ミサイルシステムC-300だけでも38基、その他の兵力が存在する。これらの武器が住民に対して使用されないためという理由からだけでも、ロシア軍が住民を保護する必要があったのである」と述べている。

 次に、軍事専門家A・フラムチュヒンの論説を紹介しよう。これは、プーチンの支持基盤であるシロビキ(軍、治安関係者)の代表的見解で、現在のロシア指導部の多くの者がこれに近い考えを有し、ロシア社会でも広く支持されている。これが、外交的レトリックを外したロシア政権の本音かもしれない。フラムチュヒンは、4月18日付けの『独立新聞』で、「クリミア問題では軍事力が決定的な意味を有した。クリミアで敗北したのはウクライナだけでなく、NATOでもあり、NATOは強大な敵と直面した時には全く無力だということを衆目に晒した。現在のヨーロッパ的な価値においては、自分や自分の家族、自国の防衛の為でさえも、生命を犠牲にすることは全く想定していない、NATOの無力を顕著に示したのは、クリミアにおけるロシア軍による周到に準備された電撃作戦だ。しかも、これは西側の諜報機関が五輪テロ関係でウクライナや北カフカスに注意を集中していた時に起きた。今回ロシア軍は見事に、孫子の兵法通り戦わずして完勝した。国際法は機能しなくなった。この事実は、特別に悲しむべきことだ。ただ、今回のクリミア問題に関しては、このことはロシアにとって有利に作用した。この状況下で、世界政治において軍事力が再び決定的な意味を有するようになった。西側諸国は、ソフトパワーのお伽噺を自ら創作し、信じた。ハードパワーの強化なくして、ソフトパワーも無意味だ。直接の武力衝突のない『新世代の戦争』など、信じるべきではない。戦争がなくても勝利するのは、戦争に勝利する力を有している時だけである」と論じている。
 
 おそらく中国の指導部も、これに近い考えを有しているだろう。世界は、そして日本も、このような論理が大手を振ってまかり通っている国々への対応を迫られているのである。ウクライナ東部の諸都市で親露過激派が行政府などを占拠しており、その占拠勢力を排除するためにウクライナ政府が軍を本格出動させると、それが可能か疑問だが、ロシア軍がロシア系住民保護の名目でウクライナに介入する可能性が高い。G7はそれに対して、経済制裁の強化で対応するだけであり、目前の危機の回避は困難だ。4者合意の空文化も、ロシアがNATOを恐れていない結果だ。5月25日の大統領選挙も危ぶまれている。

 冷戦終了後、とくに近年になって、欧米や日本は防衛予算を一貫して削除してきた。米国のオバマ政権は、国際問題は交渉と対話で解決できると主張し、国防費を大幅に削減している。これにたいしてロシアや中国は逆に、経済や財政の不調にも関わらず、国防費だけは急速に増額してきた。ストックホルムのSIPRIの4月の発表によると、昨年の国防費は米国が対前年比7.8%減だったのに対し、中国は7.4%増だった。ロシアも過去15年間に国防費を3倍以上に増やし、今後の4年間も、毎年20%増加の予定だ。国際紛争は、国際法や国際機関を通じて、また対話と交渉によって解決すべく最大限の努力をすべきなのは当然だ。そして、対話と交渉で解決できる場合も少なくない。しかしその場合も、その背後に軍事力が控えているケースがほとんどだ。ウクライナ危機に関してオバマは最初から、軍事力不使用を宣言したが、愚かである。著者も、軍事力使用には大反対だ。ただ、多くの場合、軍事力使用の可能性と決意があって初めて、軍事力を使わず交渉によって紛争は解決できるという現実も、醒めた目でしっかり認識しておく必要がある。(おわり)
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