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2014-05-06 19:25

IMFの苦闘(1997-99年)

池尾 愛子  早稲田大学教授
 1997年の東アジア通貨危機では、タイ、インドネシア、韓国の3国が、国際通貨基金(IMF)から緊急融資を受け、それはIMF以外からも資金提供を受けるいわゆるIMFパッケージの形となった。3国ではIMFから国内の財政改革・引締め政策・制度改革の断行を迫られて経済が落ち込む一方で、マレーシアはIMFには頼らず、財政出動により経済危機を乗り切ったのであった。それから10年をむかえた2007年、『アジア経済政策レビュー』(Asian Economic Policy Review)で関連特集号が組まれ、京都、東京、シンガポールで関連国際セミナーが開催され、それを基にした論文集『アジア金融危機からの教訓』(R. Carney 編 Lessons From the Asian Financial Crisis)が2009年に出版された。10年を経ると、米ドル釘付け政策、ダブル・ミスマッチ(ドルで短期連続的に借りて、現地通貨で長期で投資する)に根本的な問題があった一方で、変動相場制移行後の通貨・金融危機においては、流動性不足(illiquidity)への迅速で大胆な対処が必要であったことも明瞭になっていた。10年の間に、チェンマイ・イニシアティブ(外貨スワップ協定)が整えられ、アジア債券市場イニシアティブも進行し、東アジアでの政策担当者の協力関係が育まれてきた。(2007年5月23日付本欄「アジア開発銀行とアジア債券市場」参照)

 1997-99年の金融危機について、IMFの主張やIMFの救済を受けた国々や周辺の政策担当者の意見を取材して著した本が変わったタイトルで出ていた。ジャーナリストP.ブルースタインの『懲らしめ』(The Chastening, 2001, 2003)で、邦訳が『IMF 世界経済最高司令部 20ヵ月の苦闘』(東方雅美訳)と題して2013年11月に出版された。東アジアで取材を受けた側の人たちも2007年のセミナーに参加し、新たに日本人経済学者たちから聴き取りを受けていたが、彼らは必ずしも10年前と同じことを発言したわけではなかった。そして本書では投機をしていた金融集団は「電脳投資家」(Electronic Herd)と総称されて具体的な銀行名などは少ない。それでも、金融危機の処理は少数の人々によって検討・交渉され遂行されていたことが分かる。「最高司令部」(High Command)の表現は、IMFが軍隊組織に似ていることから採用されており、当時の専務理事はフランス出身者であった。

 IMF本部はアメリカの首都ワシントンDCに置かれているが、本書『IMF』ではアメリカ政府の関与・非関与が政策の機動力を分けたことが述べられている。アメリカは1994年のメキシコ危機では迅速にIMFパッケージに資金協力したものの、1997年後半の東アジア危機では対照的に、通貨危機への感染が次第に広がりついに韓国にまで及んだ時に初めてIMFパッケージに資金協力した。IMFによるタイやインドネシアの緊急融資の条件とされた厳しい国内制度改革をみると、本書でも歯切れが悪いほど、IMFではこれらの国情についての事前知識が不足していたことが伝わってくる。IMFは何と、東アジアの1998年の経済成長は介入により危機を脱してプラスに転じると予想していた。結果は逆だっただけに、東アジアの経済学者たちから、「IMFの介入政策で危機を増幅させた」と言われても致し方ないであろう。

 『IMF』が活写する出来事が幾つかある。第1は、1997年に日本の「アジア通貨基金」構想を公式テーブルに乗る前に潰した経緯である。IMFはドル釘付け政策をとる東アジア諸国に事前に警告を発しており、また東アジアだけを見ていたのではなく、世界の金融危機の芽を早期に摘み取ろうとしていたのであった。第2は、「IMF介入が成功した」とされる韓国のケースである。韓国の金融制度事情が詳細に論じられ、外貨準備では公式のデータから読み取れる以上に大きな問題が潜んでいたことが指摘されている。第3は、1998年のロシアの金融危機の顛末である。IMFは社会主義・計画経済から民主主義・市場経済に移行しつつある国を忍耐強く見守っていたが、ロシア政府は大きな財政赤字を埋めるため発行していた「国家短期債務」(GKO)をじわりとデフォルトさせたのである。大量のGKOが外国人投資家に保有されており、アメリカでヘッジファンドのロングターム・キャピタルマネジメント(LTCM)の清算につながってゆく。市場経済では、政府が契約を履行させるための法的枠組みを提供するはずであった。「オリガルヒ」(新興財閥)の動向はロシアの行方を今考える際にもポイントとなるであろう。日本語での関連研究や、2007-9年に公刊された上記の英語文献と併せて読みたい本である。
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