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2014-11-01 00:10

(連載3)イスラーム国空爆にみる欧‐米の温度差の深淵

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 これと対照的に、ヨーロッパ各国は総じてICCに好意的で、むしろその設立の中心的存在でもありました。現在、ICC締約国は122ヵ国ですが、西ヨーロッパは25か国、東ヨーロッパは27カ国で、合計すると半分近い勢力です。また、2011年段階の職員数では、第1位のオランダ(91名)を含め、上位10ヵ国中7ヵ国をヨーロッパ諸国が占めています。ICCは、従来は「国家主権の発動」たる戦争において放置されがちだった人権侵害を取り締まるものであり、いわば「法で力を抑える」取り組みともいえます。その実効性や、「法」を運営すること自体が政治権力になる点は、ここでは置いておきます。ここで重要なことは、ICCの設立と運営に尽力するヨーロッパ諸国の姿勢は、まさにICC設立と同じ年、同じ年に始まったイラク戦争を率いた米国政府と好対照だということであり、これはそのまま両者の国際的なイメージとなります。武器の国際移転に関しても、ほぼ同様の観点からみることができます。原子爆弾などと比べて、その危険性が軽視されてきた「小型武器」は、しかし世界の戦場で実際に使用されており、1990年代の戦闘の死者600万人のおよそ半数は小型武器で殺害されたという推計もあります【Ted C. Fishrman, 2002, “Making A Killing,” Harper’s Magazine, 305(1827)】。2001年から国連で小型武器の流通を取り締まるための国際会議が隔年で開催されるようになりましたが、小型武器の流通の脅威に直面するアフリカ諸国とともに、これを各国に働きかけてまわったのはヨーロッパ勢やカナダでした。逆に、小型武器の大輸出国である米国は、やはり中国やロシアとともに、小型武器の商業流通に関する規制をできるだけ小さくさせようと働きかけつづけてきました(国連小型武器会議で提唱された武器貿易条約に、オバマ政権は2013年に署名した)。
 
 このように、2000年代以降、欧‐米関係には様々なシーンで「多国間主義と一国主義」、「法と力」、「国家戦略と人権」といった対立軸が鮮明になってきたのですが、それを加速させたのは対テロ戦争なかでもイラク戦争だったといえます。これを契機に、ヨーロッパ諸国なかでもEUの中核を占めるフランスとドイツは、「一国主義的に力ずくでコトを進めようとする米国」と自らのコントラストを際立たせることで、「文明的」あるいは「洗練された」先進国としての地歩を固めようとしてきたとさえ言えます。それが翻って米国の不快感に繋がってきたことは、想像に難くありません。

 両者の、決して温かくない友好関係を象徴するのが、昨年来ヨーロッパで相次いで発覚した米国の諜報活動です。NSA(国家安全保障局)がドイツのメルケル首相の携帯電話まで盗聴していたという疑惑を受け、2013年10月のEU首脳会議では仏独首脳が「互いの国を対象とするスパイ行為を禁じる協定の締結」を主張し、各国から支持されました。これに対して、ホワイトハウスは「これから盗聴はない」と弁明しましたが、「これまで」については結局明らかにしていません。ところが、今年に入って再び同様の事態が発生しています。2014年7月、ドイツ連邦情報局内部で米国のスパイ活動が行われていたことが発覚。CIAのベルリン支局長が国外退去処分を受けるという異例の事態に発展しました。いかに友好国や同盟国といえども、スパイ行為であることは間違いなく、ドイツ側の反応は至極当然なものです。通常はいかにもアングロ・サクソン圏の声を代弁しているかの風情の英国ロイター通信まで米国を批判するコラムを掲載するなど、ヨーロッパにおける米国の信頼はますます低下しつつあると言わざるを得ません。このように欧-米の「大西洋同盟」に隙間風が吹き荒れる状況に鑑みれば、冒頭で取り上げたシリアでの空爆にヨーロッパ勢が加わらないことは、決して驚くことではありません。それぞれの事情からイラク戦争で米国に付き合った国のうち、歴史的に米国と付き合いの深い英国も、EU内部で仏独のリーダーシップに対抗しようとしているスペインも、はたまた冷戦後の新顔の代表格でドイツと因縁の深いポーランドも、その例外ではありません。ヨーロッパ各国から見た場合、米国が重要なパートナーであることは確かです。ロシアと対抗するにせよ、イスラーム過激派を抑え込むにせよ、米国の軍事力と経済力は不可欠の要素です。とはいえ、イラク戦争後の10年は、「力ずくでコトを推し進めようとする」傾向の強い米国に、いつも唯々諾々と付き合うことが自らにとって長期的に不利益になるとヨーロッパ諸国に確信させたとみてよいでしょう。
 
 先日、映画「誰よりも狙われた男」の試写会に行く機会がありました(10月17日公開)。ドイツ、ハンブルグを舞台とするスパイ映画です。冷戦時代、永世中立国スイスのジュネーブは各国の諜報員が集まる「スパイ天国」と呼ばれましたが、ハンブルグは9.11テロ実行犯がその計画を練った街で、ロシアとの往来も多く、さらにアラブ系移民も多いため、現代の諜報戦の一つの主戦場とすらいえます。フィリップ・ホフマン扮するドイツ諜報員は、ある経緯から「大の米国嫌い」。その彼が、チェチェンから逃れてきた一人の青年を巡り、ロシア、イスラーム、米国の狭間で苦慮する様子は、対テロ戦争後のヨーロッパが直面する葛藤だといえます。「ミッション・インポッシブル」のような爽快感も、007シリーズのような派手さもありませんが、今のヨーロッパが置かれた国際状況のリアリティに溢れているといえるでしょう。ただし、個人的には大変面白いと思ったのですが、この映画の米国と日本での興行成績がどの程度のものとなるかは未知数です。2013年の米国ピュー・リサーチ・センターの調査によると、「米国に好感をもつ」日本人は69パーセントで、ヨーロッパ平均の58パーセントを大きく上回ります。多くの日本人にとって、米国は「友人」と映っているのかもしれません。しかし、NSAの盗聴の関心が日本政府にも向かっていたことに鑑みれば、「友達なんだから付き合うのが当たり前だ」という酔っぱらいのような感覚で、独立した国家間の関係を語ることはできません。その意味で、「誰よりも狙われた男」の興行成績は、日本の一般的な対米感覚を占うものになるかもしれません。(おわり)
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