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2007-01-01 02:56

ミャンマーの暗いトンネル

林田裕章  日本国際フォーラム参与・主任研究員
 「ミャンマー民主化の現状と課題」と題する田島高志氏の12月16日、18日付けの連載投稿を興味深く読ませていただいた。ご指摘の通り、ミャンマーは国土面積も広く、人口も5000万人を超え、かつ天然資源にも恵まれている。その国がもう長い間、政治的な閉塞状況に置かれている。1997年にアセアンに加盟はしたものの、最近ではアセアン内部においてさえ、お荷物扱いされているのが現状だ。この現状をどう考えるべきかについて、以下に私見を述べてみたい。

 根本の原因は、ノーベル平和賞受賞者のアウンサン・スー・チー女史を長期間、自宅軟禁に置いていることにある。人権を重視する米欧は、この問題を打開するよう、繰り返しアセアンに要求してきたが、アセアンは少なくとも現段階で、芳しい外交成果をもたらしていない。今年の初めには、アセアンが用意した特使(マレーシア外相)の入国を、ミャンマーの軍事政権は拒む姿勢さえ見せた。マレーシア外相はようやく3月にヤンゴン入りしたものの、軍事政権の冷遇に遭い、怒って日程を繰り上げ、帰ってしまった。そうしたアセアンとミャンマーとの間隙をつくように、ミャンマーに急接近しているのが、田島氏も指摘している通り中国だ。温家宝首相は、2005年12月にクアラルンプールで開かれた第1回東アジア首脳会議の際、ミャンマーの首相と個別に会談して、「外国の干渉に惑わされる必要はない」と語り、民主化や人権といった問題で「共闘」する姿勢を示した。中国の狙いは、西南部の開発にミャンマーの石油や希少資源を活用すること、ベンガル湾へのルートを確保して中東からの原油輸入の安全保障上のコストを下げることにあると見られる。

 こうした状況の中、アセアンもただ手を拱いているわけではない。将来の「アセアン共同体」の最高規範になるものとして、アセアンは目下、アセアン憲章の草案づくりを進めているが、その中では、「民主主義」を共通の価値の一つとして掲げると同時に、ある加盟国が明確に憲章に違反した場合は、制裁を加える条項まで検討している。問題は、このアセアン憲章なるものが、果たして採択されうるのだろうかということだ。仮にミャンマー以外の9つの国が民主国家だったら、憲章は内実を伴うものになるし、近い将来の採択もそれほど困難ではなかろう。しかし、アセアン諸国の現状を見ると、はっきり民主化を達成したといえるのは、フィリピンとインドネシアぐらいでしかない。民主国家になったと信じられていたタイでさえも、今年9月に軍事クーデターが起き、政治の熟成は振り出しに戻ってしまった。

 憲章の草案をいくら立派なものにしたところで、当面、それは絵に描いたモチでしかない。そのぐらいのことはミャンマーにも解る。だから、アセアンがいくら民主化問題での進展を要求しても、ミャンマーは聞く耳を持たなくて済む。中国との関係を強化していけば、実体としては、アセアンの一員という以上の安全保障上の地位を確保することが出来る。素人目に思うのは、なぜ、軍事政権はアウンサン・スー・チー女史の軟禁にこだわるのか、ということだ。米欧やアセアン、あるいは日本の要求するとおり、さっさと解放してしまえば、どれだけミャンマーの国益になるか計り知れないのに、そのことが解らない軍事政権の脳みそは一体全体、どうなっているのかということだ。ミャンマーの将来より、わが身の将来を考えているのだとしたら、あまりに情けない話ではないか。

 ミャンマーでは、多くの若者たちが、国の将来に希望を持てず、国外脱出を考えているといわれる。マンダレーの有名大学を訪れたことがあるが、ある女子学生は私にこう言った。「クラスの3分の1は、日本とかシンガポールとかへの留学を考えているんです。もちろん私も」。留学生活が終わって帰ってくるのならいいが、帰って来ない若者が急速に増えているとも聞いた。明日のミャンマーを担うべき人材が少しずつ、しかし確実に減って行くとしたら、これ以上の危険信号はない。内部からの改革の見込みがなく、アセアンの関与もままならないとしたら、ミャンマーの暗いトンネルは、いつ出口を迎えるのだろうか。
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