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2016-11-28 12:45

(連載2)アダム・スミスについて

池尾 愛子  早稲田大学教授
 拙著で注目した日本人経済学者たちも、西洋の「見えざる手」の文脈に気づいていた。安井琢磨は経済の数理モデルを構築してその一般均衡の安定性を先駆的に研究した人である。彼は理論家であったが、実証研究の成果に注目して、「蜘蛛の巣定理」(畜産物価格の周期変動を理論的に説明する)を拡張して、多数財の市場が均衡に向かうケースや向かわないケースを先駆的に研究した。それゆえ、拙著では実証研究から生まれた「蜘蛛の巣定理」に冒頭近くで言及し、安井作成の図表が登場する頁を和文論文からスキャンして収録した。

 「日本にも『均衡』につながる観念が何かあったでしょう」とヨーロッパでコメントされたことがあり、二宮尊徳の分度「均衡」に気づいた。尊徳に関する『報徳記』と『二宮翁夜話』から、現代経済学につながりうる議論、日本的特徴を現す箇所、「18世紀(イギリス)経済思想」と類似するトピックを抜き出して論じた。2014年の国際会議で尊徳を含めて発表した時、英語母語話者の歴史家からは「二宮尊徳は『日本のアダム・スミス』ですね」とのコメントを得ることができた。(2013年10月20日の私の投稿「現代の経済学の日本的基礎」参照。)

 宗教が違うので、スミスは日本の経済学の基礎であると、歴史的には言えないと思う。尊徳なら国際学会があり、日本で日本語で一般公開大会を開催すると200人かそれ以上参集するのである。明治期に3万部を売った『経済原論』の著者天野為之(早稲田大学)が、先駆的に尊徳や近世の経済思想家たちに注目していたので、拙著では、スミスを論じることなく、日本の経済学の基礎を論じられたのである。今月の書評者は、「東西文明の融合」(Harmonization of Western and Eastern Culture)のスローガンが大隈重信に由来することも気づいてくれた。東京帝国大学で天野に経済学を教授したのはE・フェノロサであったが、彼の推薦図書リストの中にスミスが入ったことはない。

 外国語で、しかも異なる宗教を帯びた外国語で書かれている著作は、日本の経済学の基礎とは呼べないはずである。ユダヤ人の場合、スミスに言及することを極力回避しているようにみえるが、稀に宗教色なしで論じる人もいる。理論家が古典を原典や翻訳で読んで新しい着想を得ることは自由である。確かに古い日本語文献を読めば読むほど、英文古典の宗教性に敏感になるのかもしれない。しかし、様々な宗教をもつ学生たちが日本で学ぶようになっている現状を見つめてほしい。そして拙著で取り上げた近世・明治期の日本語文献を読めば、そこに日本の経済学の基礎があることが必ず納得されるはずである。(おわり)
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