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2017-12-17 23:28

儒教と日本の女性経済専門職

池尾 愛子  早稲田大学教授
 12月に入って私が出席した2つのセミナーで外国人の口から「良妻賢母(good wife/wise mother)」が飛び出した。本e-論壇(2016年6月26-27日、10月10日、2017年8月15日)で紹介したように、私自身、2年近く、「日本女性の経済学」の章を『女性経済思想ハンドブック』に書くために「良妻賢母」をどう説明するかで苦労してきた。儒教の影響は必ず考慮されるべきであり、西洋の文脈で誤解されたくないので、もう一度書いておきたい。

 「良妻賢母」の正確な理解を得るためには、江戸時代の儒学者 貝原益軒の『家道訓』(Household Management、1711年)の「家」観念や「五計(日本的ライフサイクル仮説)」の説明から始めなければならないと思う。江戸時代に男性向けに著された『家道訓』が明治時代初め、女性向けに編集され直して『家政学』の教科書として使われた時期があったので、的外れではない。英語で説明するときに、「家(house/household)」とは、「日常生活を共にし、そして家業(family business)を営む経済単位」と説明した。『家政学』は英語にしにくく、「domestic science」や「household management」も使ったが、「kaseigaku」で通した。そして『家政学』と『経済学』が結びついた『家事経済学(household economics)』などになると、アメリカのG・ベッカーが『人的資本』(1964年)において、家計と教育に焦点をおく実証研究を基にして理論的研究を展開した部分と類似点が多いと説明することができる。

 2017年8月15日に紹介したように、儒学者優勢の江戸時代後期、只野真葛(1763-1825)が『独考(ひとりかんがへ)』(1818年)を著していた。しかし、その後女性による『(家事)経済学』が登場するまで100年以上かかったのは、儒教の影響があったといわざるをえない。オランダ・ライデン大学の Zurndorfer 氏の論文「中国学術文化における女性」(2014年)は、近代以前の儒学文献の状況(「良妻」観念は存在した)を知るうえで大変役立った。儒教においては「女性が賢い」という観念はなかったことを、ある日本人研究者から聞かされた。酷い話である。実際、「賢母」は明治時代になって登場したのである。

 山川菊栄(1890-1980)の1918年講演「婦人職業問題について」は興味深い。「(「家」から)解放された」職業婦人たちには、「晩婚の傾向」が見られるようになっていた。結婚後は家庭の仕事や家族の世話が(「女中」や「家事手伝い」、「他の家族」がいなければ)女性に圧し掛かることが多かったのである(「良妻賢母」観念から解放されるのは容易ではない)。そして、日本で人口の半分を占める女性たちに参政権を付与したのは占領軍であった。民主主義の下では、個人には多くの選択の機会が広がるはずであるが、高等教育を受けた女性たちに就職の機会を大きく広げたのは、「男女雇用機会均等法」(1986年施行、1997年改訂)であったといえる。女性の経済専門職についてもあてはまりそうである。「良妻賢母」の観念は日本で生まれたが、少なくとも日本的儒教の伝統から生まれたことは忘れないでほしい。
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