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2018-01-31 09:43

(連載2)「アフリカ援助で日中が協力する」提案の意味

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 ただし、外務省を中心とする日本の援助関係者にとって、中国がアフリカで存在感を高めてきたことは、むしろ幸運という一面もありました。先述のように、日本の援助スタイルはむしろ中国のそれに近く、欧米諸国とは差異が目立ちます。1990年代半ば以降、西側先進国の集まりである開発援助委員会(DAC)では、援助の提供において貧困対策や社会サービスを重視することが申し合わされてきました。このガイドラインに法的拘束力はありませんが、日本もメンバー国です。つまり、融資に基づくインフラ整備と経済成長を重視する日本の援助スタイルは、日本自身がメンバーであるDACのこの方針から外れたものです。これは単なる「違い」ではなく、欧米諸国からみて日本は「標準からの逸脱」でさえあります。

 その結果、1990年代から2000年代にかけて日本政府は、一度は欧米諸国のトレンドに合わせる形で、援助に占める融資やインフラ整備の割合を減らしました。しかし、それは日本にとって「苦手分野での勝負」を余儀なくされるものでもありました。その意味で、同様のスタイルの中国が2000年代にアフリカ進出を加速させ、欧米諸国がこれに警戒感を募らせたことは、むしろ日本にとって好都合ともいえます。欧米諸国からみて「逸脱」であっても、日本は「最終的に西側の一員」であり、その援助は中国とバランスをとるうえで「役に立つ」からです。つまり、中国の「お陰で」日本はDACの方針と異なる融資に基づくインフラ整備を、欧米諸国から文句も言われずに、加速させることができたといえます。

 ただし、日中の援助競争には大きく二つの問題があります。第一に、日中が「アフリカの支持」を競う構図は、アプローチ対象であるアフリカの発言力を高めます。それは結果的に、アフリカ各国政府の援助要請に歯止めを効かせにくくしがちです。日本政府は「自助努力」支援を援助の大方針としてきました。しかし、援助競争がアフリカの「売り手市場」としての度合いを高め、日中が「気前よく」援助し続ければ、それはかえって各国の自主的な改革意欲などをも萎えさせやすくします。それは「自助努力」の理念に逆行するものといえます。第二に、日本自身の持続性です。先述のように日本の援助はローンが中心ですが、一方で貧困対策が援助のトレンドとなった1990年代半ば以降、貧困国向けの貸し付けの返済を免除することが「開発協力における暗黙のルール」になりました。これは国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの国際金融機関だけでなく、先進国の個別のローンにも当てはまります。日本の場合、2008年から2015年までの間にアフリカ諸国向けに行った債務免除は合計1,568億円。その対象国にはセーシェルなど、必ずしも貧困国でなく、また大きな負債を抱えているわけでない国も含まれます。さらに外務省が公開しているこのデータは国際協力機構(JICA)と国際協力銀行(JBIC)の貸し付けのみで、その他を含めれば金額がより大きくなります。

 つまり、融資に基づくインフラ整備のアクセルをひたすら踏み続けることは、日本自身の財政的な持続性の観点から懸念が大きいのです。そして、それは中国にとってもほぼ同様といえます。こうしてみたとき、日本がアフリカ向け援助プロジェクトに中国の参入を呼びかけることは、過剰な援助競争にブレーキをかけるもので、相互の利益に資するといえるでしょう。昨年出版された書籍で筆者は「日中が冷戦期の米ソの教訓を踏まえる重要性」を強調しました。冷戦時代、米ソは核軍拡競争を推し進めましたが、それは緊張のエスカレートと財政負担の増加をもたらし、お互いにとって負担が大きいものでした。その結果、1969年からの戦略兵器制限交渉(SALT)、1982年からの戦略兵器削減条約(START)交渉など、軍備管理・軍縮に関する交渉が段階的に進みました。つまり、冷戦時代であっても米ソは「対抗する相手と協力することによる利益」を見出すだけの合理性を備えていたといえます。日中関係に目を転じると、特にこの10年間で両者の相互不信は極度に高まってきました。しかし、少なくとも、好き嫌いだけでコトが済まないのは、個人同士の関係だけでなく国家関係も同じです。相互不信に基づく「相手より優位に立つためのレース」がお互いの首を絞めあうのであれば、「レースのペースを緩める」という合意を形成することが不可能でないことは、冷戦期の米ソが実証したことです。この観点からみれば、仮に外務省が「一帯一路」と「北朝鮮」だけを理由として考えていたとしても、アフリカ援助において日中間で調整を図ることができれば、結果的にそれ以上の利益を相互にもたらすといえるでしょう。(おわり)
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