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2018-02-08 10:15

(連載2)日本のロヒンギャ危機対策を評価すべき5つの理由

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 第四に、ミャンマー政府が約束を守るかを日本側が確認できるようにしたことです。日本政府は内政不干渉の原則を重視し、援助を提供しても相手国政府の独立性を重視する傾向があります。状況によっては援助を差し止めるなどの対応をとる欧米諸国と比較して、日本の姿勢は「奥ゆかしい」かもしれませんが、それは足元をみられることにもなりかねません。残念ながらというべきか、一般的に援助の交換条件で様々な約束をしても、それが守られないことは珍しくありません。ましてミャンマーの場合、国内が混乱しているだけでなく、スー・チー氏率いる政府は大きな力をもつ軍を管理し切れていません。この状況では、ミャンマー政府が「援助は受け取り、難民帰還は(いろいろと口実を設けて)実行しない、あるいは遅らせる」という選択をしても不思議ではありません。今回、河野外相はバングラデシュ政府との約束に基づきミャンマー政府が難民の帰還を進めているかをモニタリングすることを確認しました。言い換えると、日本政府は「カラ約束」をゆるさない姿勢を示したのです。これは日本政府にしてはかなり踏み込んだ対応といってよいものですが、ミャンマー政府にロヒンギャ危機の克服に向けた真摯な対応を促すと同時に、日本が「奥ゆかしい」だけで終わらない効果もあるといえます。

 第五に、そして最後に、国際的な懸念の払しょくに向けた取り組みをミャンマー政府に促したことです。先述のように、ミャンマー政府は「民族浄化」を否定する一方、ラカイン州への外国人の立ち入りを規制してきました。これでミャンマー側が「自分たちを信用しろ」といっても、それは無理な相談です。1月10日、軍はラカイン州マウンドーで2017年9月に10名のロヒンギャ「テロリスト」を殺害したと明らかにしました。ミャンマー軍が軍事活動について発表することは稀ですが、これに関してロヒンギャの武装勢力アラカン・ロヒンギャ救世軍(ARSA)は「10名は市民だった」と反論しています。真偽は定かでありませんが、現地の情報が不足するなか、ミャンマー軍が都合のよい発表をしているのではないかという懸念を生んでいることは確かで、それはミャンマーに対する国際的な批判をエスカレートさせる一因となってきました。今回の訪問で、河野外相は海外メディアや国際NGOのラカイン州立ち入りの解禁をスー・チー氏に求めました。これは欧米諸国やイスラーム諸国の声を代弁したものであるだけでなく、ミャンマーにとっても国際的な非難を和らげる道標を示すものだったといえます。もちろん、海外メディアや国際NGOの立ち入りが解禁される場合、それに先立ってミャンマー政府・軍は様々な「後始末」を行い、「ラカイン州が平静である」と取り繕うことも予想されます。しかし、少なくとも外部の目を入れることは、孤立しがちなミャンマーの国際復帰に不可欠で、それはロヒンギャ危機の実効性ある解決に向けた第一歩といえます。その意味で、日本政府はミャンマーとこれに批判的な各国との橋渡しを試みたといえるでしょう。

 こうしてみたとき、今回の日本政府の対応は、ロヒンギャ危機の克服だけでなく、日本の外交・国際協力の発展という観点からも、高く評価されるべきといえます。ただし、今回の訪問や取り決めでロヒンギャ危機がすぐに克服されるわけではなく、その先には数多くの課題があります。なかでも重要なものとして、和解があげられます。つまり、ビルマ人とロヒンギャの間の相互不信や憎悪を和らげることが、ミャンマーの長期的な安定には欠かせません。かつて南アフリカでは白人による有色人種の支配が合法化され、1960年代から双方の対立が激化しました。1991年にこの人種隔離政策(アパルトヘイト)が終結した後、南アフリカ政府は「真実和解委員会」を設置。裁判所と異なり、刑罰を科さないことで逆に証言しやすくすることで、旧体制のもとでの人権侵害や迫害について明らかにしていきました。この取り組みは「復讐ではなく理解すること、報復ではなく償うこと、処罰ではなく赦しが必要である」という考え方に基づくものでした。社会を分裂する対立があった場合、その相互不信を乗り越えなければ、一つの国としてやっていくことは困難です。刑罰を科すことを目的とせず、被疑者の証言を集めることで事実を究明し、赦し合うことで社会の安定が保たれることを、南アの真実和解委員会は示したといえます。

 今回の訪問で河野外相はスー・チー氏との会談で和解にも触れ、「最大限の支援」を約束しています。これは復興支援にとどまらないミャンマーの安定を視野に入れた提案といえます。ただし、それは平たんな道ではないとみられます。和解を促すためには、多くの犠牲を出したロヒンギャの側だけでなく、迫害を主導してきたミャンマー軍や過激派仏教僧などにも働きかける必要があります。しかし、特に後者に関して、スー・チー氏率いる政府が軍や仏教ナショナリストに左右されやすいなかで和解は困難です。したがって、和解を進めるためには、世論に振り回されるのではなく、むしろ世論を主導できるリーダーシップが欠かせないといえます。それを期待できるのは、現状では「張り子の虎」になっているとしても、結局スー・チー氏しかいません。その意味で今後、日本政府が和解を促し、ロヒンギャ危機の克服に向けた取り組みを進めるなら、遅かれ早かれスー・チー氏がリーダーシップを発揮しやすい環境を生み出す支援にまで踏み込む必要があります。内政不干渉に縛られがちな日本政府にとって、それはひとつの冒険になるといえるでしょう。(おわり)
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