国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「議論百出」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2018-03-09 08:08

(連載2)「楽園」モルディブの騒乱

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 これまでにも中国とインドの勢力圏争いは表面化しており、もともとモルディブと近い関係にあったインドからみて、中国の「一帯一路」構想はこれを脅かすものです。この背景のもと、中国に傾倒するヤーミン大統領と対立し、英国に亡命中のナシード元大統領は2018年1月22日に訪問先のスリランカで「モルディブの対外債務の80パーセントは中国が握っており、これによって中国は島を奪い取ろうとしている」と批判。インドをはじめ、中国を警戒する国への協力を呼びかけたのです。以上に鑑みると、非常事態を宣言した後、ヤーミン大統領が状況を説明するため中国に特使を派遣した一方、インドには誰も派遣しなかったことは、不思議ではありません。ただし、ここで注意すべきは、ヤーミン大統領が特使を派遣した国のなかには、中国だけでなくサウジアラビアも含まれていたことです。モルディブは伝統的にインドの「縄張り」である一方、人口のほぼ100パーセントをムスリムが占めます。聖地メッカを擁するサウジアラビアは厳格な政教一致を説くワッハーブ派を国教とし、神学生の受け入れ、説教師の派遣、モスクの建設などを通じてイスラーム圏への影響力を強めてきました。モルディブに対しても2016年10月に1億5000万ドルの資金協力を行うなど、世界有数の産油国として経済的なアプローチもありますが、サウジの本領はむしろイスラームを通じた影響力の拡大にあります。英国BBCによると、2014年3月にモルディブを訪問したサウジのサルマン皇太子は、同国に「世界クラスの」モスクを10ヵ所に建設する他、サウジへの留学生のために10万ドルを提供することなどを約束。イスラームを通じたサウジの影響力の強さは、2017年6月のサウジ主導によるカタール断交にモルディブ政府が追随したことからもうかがえます。

 ところが、サウジによる厳格なイスラームの普及は、モルディブの内政にも少なからず影響を及ぼしてきました。東南アジアやアフリカなどその他の「イスラーム圏の周辺」と同様、もともとモルディブでは土着の聖人崇拝などと結びついた、緩やかなイスラームが主流でした。しかし、サウジのアプローチが加速するなかで、「イスラーム社会としての純化」を求める動きが活発化。その結果、例えば先述した2010年からのナシード元大統領に対する抗議デモは、当時進められていた、リゾートにおけるアルコール販売などの規制緩和を批判する人々も含まれていました。また、2013年の大統領選挙でヤーミン氏はナシード氏を「反イスラーム的」と非難して排撃するなど、イスラームがこれまで以上に「正統な教義」と位置づけられるようになったのです。それにつれて、失業や貧困への不満も手伝って、選挙中も「反イスラーム的」とみなされる人々への襲撃や暴行も横行。また、2014年に「イスラーム国」(IS)が建国を宣言するや、約200人がシリアに渡ったとみられます。これはISに最も多くの外国人戦闘員を送り出したチュニジア(6000人)やサウジアラビア(2500人)と比べて少ないものの、先述のようにモルディブの全人口は40万人に過ぎず、人口に占める比率(0.05パーセント)ではサウジを上回り、チュニジアとほぼ同じ水準になります。

 ところが、サウジとの関係を重視し、イスラームを選挙戦術として用いるヤーミン政権は、ワッハーブ派に感化され、暴力事件を引き起こす若者を必ずしも積極的に取り締まってきませんでした。これがインドとの関係を重視してきた、異母兄弟のガユーム元大統領を含む反対派からの批判を引き起こしてきたことは、不思議ではありません。のみならず、2017年3月に一部メディアが「政府がサウジアラビアにファーフ環礁を売却することを決定した」と報じたことは、ヤーミン政権へのさらなる批判を招きました。それに先立つ2015年6月、ヤーミン政権は国土を外国に売ることを可能にするよう憲法を改正していました。しかし、反対の声が高まったことを受け、政府はメディア規制を強める一方、計画そのものを否定せざるを得なくなりました。この背景のもと、ナシード元大統領はスリランカでの声明のなかで、中国だけでなくイスラーム過激派もモルディブへの脅威として取り上げています。それはサウジに対する警戒をも暗示しているといえるでしょう。

 こうしてみたとき、今回のモルディブ騒乱は国内外の伏線が複雑に絡み合った結果といえます。中国、インド、サウジの三ヵ国はインド洋一帯をめぐり、激しい火花を散らしてきましたが、それは協力と対立の微妙な関係のうえにあります。中国とインドは「一帯一路」をめぐって対立する一方、BRICSのメンバーとして協力関係にあります。一方、サウジは国内のムスリム迫害を容認するインドのモディ政権と必ずしも友好的でなく、モルディブだけでなくパキスタンなどでも、インドと対立する中国と戦列をともにしています。また、大産油国サウジにとって中国は、いまや米国以上に大事な顧客でもあります。しかし、サウジも「一帯一路」には非協力的です。インド洋を囲む三ヵ国がこのような複雑な関係にある様は、古代中国の三国時代を想起させます。そのレースが激しさを増すほど、周辺の小国はこれまで以上に振り回されやすくなり、それは内政にまで影響を及ぼすとみられます。モルディブの事例は、インド洋一帯の小国にとって、他人事でないといえるのです。(おわり)
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『議論百出』から他のe-論壇『百花斉放』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
グローバル・フォーラム