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2018-03-20 10:33

(連載2)トランプ‐金正恩会談に期待できないこと、期待できること

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 外交交渉に臨む以上、最初からハードルを下げることはあり得ません。しかし、最初に言ったことと、最後に出てくることが一貫しないのも、外交交渉の常です。まして、発言をうやむやにするのはトランプ大統領の十八番。大方針が固まれば、「人道的観点から」など、制裁を事実上緩和する理由づけは、後からいくらでも可能です。米朝にとって、「北朝鮮の核・ミサイル実験の停止」と「制裁の一部緩和」は、最上の結論ではなくとも、少なくとも高まった緊張を和らげ、それぞれの安全を確保するという最低限の利益には適います。自分にとって最大の利益だけを追求して最悪の結末を迎えるくらいなら、妥協をしてでも最低限の利益を確保する、というのが合理的判断です。最低限の利益を目指す場合、米朝はお互いに都合の悪いことを「みてみぬふり」をする必要があります。米国にとっては、北朝鮮による核保有を「承認」しないまでも、それが米国を含む周囲に向けて発射されない限り、実際上「みてみぬふりをする」という選択です。これは北朝鮮にとって、自分が米国に認められていないという事実を「みてみぬふりをする」ことに他なりません。

 「信用できない相手と約束しても意味がない」という意見もあり得ます。しかし、相手のことが気に入らなくても、信用できなくても、「自分を実際に攻撃することはない」と理解できるなら、最低限のつき合いにとどめながら、お互いに並び立つことは可能です。冷戦時代の米ソは、イデオロギー的には全く相いれない関係でしたが、かといって相手も核兵器を持っている以上、お互いに先制攻撃を加えて相手を抹消するという選択もあり得ませんでした。相手国を射程に収める大陸間弾道ミサイル(ICBM)、先制攻撃を受けた際に確実に反撃する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発は、これを後押ししたといえます。そのなかで、1953年にスターリンが死亡した後のソ連が米国との「平和共存」に舵を切り、これを機に米ソ間の緊張緩和が段階的に進展していきました。この場合の米ソも、それぞれにとって最上の結論、つまり「相手を完膚なきまでたたきのめして自国の安全を図る」という欲求を実際には封印したといえます。

 もちろん、「平和共存」で米ソ間の不信感がなくなったわけではなく、その後も両者は基本的には「敵対する国」でした。実際、両国内の強硬派の不満もあって、その後も米ソは核開発競争を続け、少しでもお互いに優位に立とうとし続けました。しかし、両国間では「双方にとって最悪の結末である核戦争はお互いに避ける」という、最低限の共通理解だけは維持されました。米ソが最も核戦争の危機に直面したキューバ危機(1962)の後、両国首脳間が直接話せる電話回線(ホットライン)が敷設されたことは、これを促したといえます。つまり、「不安要素がある国だが排除できない」いう現実を前に、お互いに「相手の外交的なポーズを逐一真に受けるのではなく、生命に危険の及ばない限り、みてみぬふりをする」という選択をしたことが、結果的に最悪の結末の回避につながったといえます。一方、米国のオバマ前大統領も「北朝鮮の挑発に逐一反応しない」という「戦略的忍耐」という選択をしました。トランプ氏や共和党からは、この「弱腰の対応」が北朝鮮による核・ミサイル開発を加速させたと批判されます。しかし、「強気の対応」が危機をより深化させるなか、トランプ氏も「北朝鮮に逐一反応しない」ことにせざるを得ない状況に追い込まれています。少なくとも、「圧力一辺倒」で北朝鮮問題が解決しないことは確かです。

 今回の米朝協議で、先述の「お互いに都合のわるいことをみてみぬふりをする」ことになれば、それは「戦略的忍耐」を米朝が相互に行う転機になり得ます。オバマ政権時代、米国は「忍耐」をしていましたが、北朝鮮はその限りではありませんでした。しかし、核兵器搭載可能なICBMをもつに至った北朝鮮で、軍をなだめすかしながら金正恩総書記が米国との直接対決を避けることは、これまで以上に「忍耐」が必要な作業です。こうしてみたとき、今回の米朝協議では、お互いに「戦略的忍耐」を行うという意味で、「戦略的共存」への転機になるかが実際上の焦点になるといえるでしょう。さらに、それは日本を含む周辺国にとっても同様に「忍耐」を求めるものです。米朝協議が成功するとすれば、それは北朝鮮に核・ミサイルが残り続ける時しかないとみられます。それが死活的な問題にならない限り、「みてみぬふり」できるかが、日本にも問われているといえるでしょう。(おわり)
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