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2018-04-06 11:32

(連載2)日本政府はなぜトランプに足元をみられるか

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 1995年に発足したWTOは、加盟国間の貿易問題を処理するための機能を備えています。パネルと上級委員会の二審制に基づく紛争解決メカニズムは、大国が相手に不利な貿易条件を無理強いすることを防ぎ、ルールに基づく取引を保障するためのものです。ところで、WTOのデータベースによると、日本はこれまで米国を8回提訴しており、件数では中国(2件)、韓国(2件)への提訴を上回ります(WTOでの提訴、応訴とも米国が世界最多)。そのうち3件が「日本の鉄鋼製品に対する米国のダンピング認定と輸入規制がWTOルールに反する」という訴えでした。しかし、2004年を最後に日本は米国を相手に新たな提訴をしていません。それは米国が日本製品を「ダンピング」とみなさなくなったからではありません。オバマ政権末期の2016年、米商務省は日本など7ヵ国の鉄鋼製品が「ダンピング」にあたるかの調査結果を発表。この背景のもと、翌2017年5月に経済産業省は、米国をはじめ中国、韓国、インドなどによる日本製品への「アンチ・ダンピング」がWTOルールに反すると批判。ところが、その後で日本が実際に提訴したのはインドだけでした。

 念のために確認すると、この際に日本が提訴しなかった国には、米国だけでなく中国や韓国も含まれます。とはいえ、これら両国に対して日本は2010年代に入ってからWTOに提訴した事案があります。重要なことは、この時だけでなく10年以上にわたって日本が米国と貿易問題を抱えながらも、正面から対決してでも利益を守るという姿勢をみせてこなかったことです。もちろん、「異議を申し立てれば利益を守れる」とは限りません。韓国の場合、WTOでの米国の提訴は12件にのぼり(中国によるそれは10件、最多はEUによる33件)、最近では2017年にも米国の「アンチ・ダンピング」に異議を申し立てた経緯がありますが、先述のようにFTA再交渉に持ち込まれました。のみならず、米国はトランプ政権以前から度々WTOのルールや裁決に違反しており、WTOでの勝訴が実効性をともなうとは限りません。ただし、韓国の場合、日本と同じく、北朝鮮情勢をめぐって米国の影響力は強まっており、さらに中国との関係も冷却化しています。日本の場合、これに加えて米国に物言わない姿勢があるため、さらにトランプ政権の強引さにもろく、「何も言わなければ安全」というわけでもありません。少なくとも、長らく衝突を避けてきた日本が「はぐらかす」以上の抵抗をできないと米国がみたとしても、不思議ではないでしょう。

 日本外交の「親米化」は冷戦期にも増して、2001年に発足した小泉政権以降、加速度的に進んできました。そこには「米国との関係さえ安泰なら、後は何とでもなる」という楽観主義、言い換えると「鉄板願望」があったといえます。しかし、当たり前のことですが、いかに同盟国同士でも日本の利益と米国の利益は異なります。「鉄板」は相手の善意に期待するところが大きく、それが取り除かれたとき、途端にもろさを露呈します。「中国の脅威」、「北朝鮮の脅威」を理由に、米国との関係のみを優先させてきたことは、トランプ政権に足元をみられる一因になっています。

 国内に眼を向けると、構造改革を推し進めた小泉政権のもとで大企業の「ケイレツ」が失われて以来、現在に至るまで、多くの中小企業が新たな顧客の確保や新規事業の開拓に向かってきました。これはいわば、生存のために「鉄板」への期待を減らし、リスクを分散させる取り組みでした。翻って日本政府をみたとき、トランプ政権のもとで米国が世界最大の問題児となり、世界情勢が変動しているにもかかわらず、そこには相も変らぬ「鉄板願望」が目立ちます。国内で構造改革を推し進めた日本政府自身が最も構造改革に遅れているというと皮肉にすぎるでしょうか。ともあれ、鉄鋼・アルミ関税の引き上げ問題は、好悪の感情に左右されない大局観や戦略性に基づくリスク分散こそ政府に求められることを、改めて示したといえるでしょう。(おわり)
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