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2018-07-13 10:39

(連載2)過激派から解放された元・子ども兵を待ちうける拷問

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 ソマリア政府は2015年に子ども条約を批准している。少なくとも、ソマリア当局による元子ども兵の取り扱いに、国際法上の問題が多いことは間違いない。その背景には、内戦が続いたソマリアで、政府が軍やNISAを統率しきれていないことがある。先述のように、ソマリア政府は海外からの要求を受けて、子ども兵の解放を段階的に進めてきた。しかし、2017年1月の国連の報告書によると、2016年までにソマリアで確認された子ども兵6163人のうち、アル・シャバーブのものが4213人で最も多かったが、ソマリア軍のものも920人にのぼった。つまり、ソマリア軍自身が子ども兵をリクルートしているのだ。そのうえ、これまでに解放された数(250人)は、その総数からみて必ずしも多くない。これらは、政府の方針が治安機関に徹底されないことを示す。政府が統率しきれない軍やNISAの内部には、汚職や腐敗がはびこっている。2017年12月、アメリカはソマリアへの軍事援助の停止を発表。その最大の理由は「アメリカ軍が求める説明責任を果たしていない」ことだった。これに先立つ同年6月、アメリカ軍はソマリア政府関係者とともに援助の実態調査を行っていた。そこでソマリア軍が兵員の数を水増しして装備支援を要請したり、アメリカから提供された食糧が行方不明になったりしている状況が明らかになった。これだけでもソマリア軍のガバナンスに疑問符がつくには十分だった。

 しかし、ソマリア政府のその後の対応は、治安機関を監督しきれていないことをさらに浮き彫りにした。事態の発覚を受けて、ハッサン・アリ・カイレ首相が自らアメリカに援助の削減を申し入れたのだ。カイレ首相は「治安機関の再建を目指す」「透明性を向上させる」と強調したが、それだけなら援助を受け取りながらでもできるはずだ。政府が自ら軍事援助の削減を申し出たことは、「兵糧攻め」にして軍やNISAに改革を求めるものといえる。それは裏を返せば、政府が治安機関を掌握しきれておらず、元子ども兵の虐待や拷問が止められない状況を物語る。

 この状況は、テロ対策の優先によって加速する。ソマリアへは、アフリカ諸国の2万人以上の部隊で構成されるアフリカ連合平和維持部隊が2007年から派遣され、主に南部の治安維持にあたってきた。しかし、この部隊は2020年までに撤退することになっている。一方、先進国とりわけアメリカは「ソマリアの再建」より「アル・シャバーブの掃討」に力を入れている。アメリカ軍は2011年からドローンによる空爆を続けており、2017年7月にはアル・シャバーブの指導者アリ・ムハンマド・フセインを殺害するなどの戦果をあげてきた。トランプ政権のもと、アメリカ軍は空爆にさらに力をいれる一方、人権や法の支配をソマリア政府に求めない傾向を強めている。しかし、幹部が死亡しても、アル・シャバーブの活動が止むことはない。連邦政府に限界があるなか、アル・シャバーブはその支配地域に根をはっている。彼らが住民から税金を集めるなか、海外からの援助の一部がアル・シャバーブに流れる構図さえできあがっている。さらに、アメリカ軍の攻撃によるメンバーの減少を、アル・シャバーブは子ども兵の徴用でカバーしている。国連はアル・シャバーブの戦闘員の半分以上をいまや子どもが占めていると報告している(彼らもアメリカ軍によるドローン攻撃の対象に含まれる)。

 つまり、空爆が軍事的成果をあげても、ソマリアが「破たん国家」である状況に大きな変化はない。「国家の再建」が遅々として進まないなか、子ども兵の徴用が減らないばかりか、治安機関の元子ども兵に対する拷問や虐待は野放しにされてきたといえる。元子ども兵の社会復帰がおざなりにされる状況は、人道的に問題があるだけでない。アル・シャバーブの徴用から解放された元子ども兵が刑期を終えて出所した時、行き場のない彼らには「加害者」としての烙印しか残らないことになりかねない。社会的な孤立が、元子ども兵を再び戦場に向かわせる原動力となることは、アフリカの他の国でも確認されている。大人に利用された子どもを放置することは、安全保障の面からみても問題といえる。言い換えると、元子ども兵が非人道的に扱われる状況は、ソマリアの内戦をより混迷の淵に導く一因になりかねないのである。(おわり)
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