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2018-11-30 13:41

(連載2)世界の流れに逆行する日本

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 住民の激しい抗議デモを受け、ベクテルは撤退に追い込まれたが、その後ボリビア政府に損害賠償請求を行っている。2006年、ボリビア大統領選挙では反米左派のモラレス氏が当選したが、こうした行き過ぎたグローバル化にさらされた経緯に鑑みれば、無理のない反応といえる。こうした事例は、後を絶たない。フィリピンの首都マニラでコンセッション方式によって進められた水道民営化は、水道普及や下痢発生の低下などで成果がみられたため、世界銀行はこれを「成功例」と位置づけている。しかし、マニラの水道事業はマイニラッドとマニラ・ウォーターの2社にほぼ握られ、現地の消費者団体によると、民営化以来の20年間で、両社の水道料金はそれぞれ973パーセント、583パーセント上昇した。度重なる値上げに、現地ではやはり、しばしば抗議デモが発生している。

 こうした水メジャーの一部は、国会で水道法改正案が成立する前の段階で、既に日本に上陸している。静岡県浜松市では今年4月、他の自治体に先駆けてコンセッション方式が導入され、水メジャーの一角を占めるヴェオリアが参加する企業連合による下水処理施設2カ所の運営を開始。事業期間は20年間で、浜松市はこれによって86億5600万円のコスト削減を見込んでいる。この事業は水道法改正案に関する厚生労働省の資料でも紹介されており、事実上一つのモデルケースと位置付けられている。コンセッション方式はこの他、大阪市、宮城県などでも検討されている。ただし、各国での失敗事例の多さに鑑みれば、見切り発車のようなコンセッション方式の導入には懸念が大きい。これに対して、推進派からは「他国の事例は参考にしかならない」、「そもそも水道民営化に行き詰ったのが全体の34パーセントなら、過半数はうまくいったのではないか」といった批判もあり得るかもしれない。確かに、民営化は万能薬でないとしても、絶対悪とまで断定することは難しい。浜松の場合、水道料金や下水道使用料は市条例で定められるし、反対の声があがったことを受けて市が事前に当該地域の住民に対して「請求金額に変更はない」と通知しており、少なくともいきなり料金引き上げには至っていない。ただし、それでも「民営化の事案で成功例の方が多いのだから大丈夫」「浜松で問題がないなら大丈夫」と判断するには時期尚早である。

 これまで世界で生まれた再公営化の波は主に先進国のもので、開発途上国でこれが少ないのは、発言力の弱さや、あるいは逆に政府が水メジャーと癒着していることにも原因がある。契約を途中で打ち切れば多額の違約金を請求されるため、水メジャーとの契約終了が相次ぐこの数年で、再公営化の波が加速する公算は大きい。また、浜松市に目を向けると、「初回限定」や「お試しキャンペーン」が企業の常套手段であることを、多くの消費者は承知している。つまり、日本全土を視野に入れたヴェオリアが最初から水道料金を引き上げなかったとしても不思議ではないし、市当局としてもいきなり引き上げはできないだろう。しかし、ヴェオリアは、例えば2002年からアメリカのインディアナポリス市で水道事業を請け負い、(例によって)水質汚濁を招いたという住民の批判を受け、インディアナポリス市が違約金2900万ドルを支払って、20年契約を10年で打ち切ったという経歴をもつ。浜松市は「インディアナポリス市より上手くヴェオリアを操縦できる」と踏んでいるのかもしれないが、仮に今後ヴェオリアが様々な理由をつけて価格引き上げを要求してきた場合、浜松市はこれを拒絶できるのだろうか。また、水道という電力や通信以上に人間の生命に直結しやすいサービスを手掛ける以上、安全性に関しても確認する必要があるが、開始から1年も経っていないものをモデルケースと位置づけること自体、コンセッション方式の導入ありきの議論に他ならない。もともと浜松市は下水道使用料がやや高く、平成25年度の段階で全国21の政令指定都市のなかで上から数えて5番目だった(ちなみに最も高いのは新潟市で、最も安いのは大阪市)。この料金がコンセッション方式の導入でどのように変化するのか、さらに経営が効率化するというなら実際に財政負担がどの程度減るのか、時系列とともに他の自治体との比較データで確認することが欠かせない。つまり、単に導入するだけでなく、成果を確認することに(モデルケースではなく)テストケースとしての意義がある(というと浜松市民の方には申し訳ないですが)。それにもかかわらず、テストケースとしての成果の確認ぬきで浜松市の事例を推すことは、勇み足と言わざるを得ない。

 これらの疑問に対する説明ぬきに進めるなら、「議論の余地の大きい法案を支持率の高い安倍政権の間に駆け込みで通そうとしているのか、あるいはアメリカとの通商交渉のなかで水道事業を含む公共セクターの開放が話題になっているのか、それとも日本国内の水道民営化で弾みをつけて水メジャーがひしめく開発途上国の水道事業に参入しようというのか」といった憶測を呼んでも、文句を言えないだろう。水道事業が火の車であることは確かとしても、人間生活に欠かせない水の問題であるだけに、政府には「民間の活力を…」といったお題目あるいはイデオロギーに傾いた主張ではなく、より科学的な説明が求められているのである。(おわり)
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