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2019-08-28 17:24

ドイツ語と英語の間の言語文化障壁

池尾 愛子 早稲田大学教授
 経済学分野におけるドイツ語と英語の言語文化障壁の問題は、1987年にドイツ人研究者P. R. Sennによって取り上げられていた(’What has happened to Gustav von Schmoller in English?’ -- History of Economics Society Bulletin, 11: 252-294)。ドイツ歴史学派のグスタフ・シュモラー(1838-1917)はドイツ経済学界に甚大なる貢献をなし大きな影響を及ぼしたが、彼の経済学や方法論がドイツ語に深く依存していたため、ほとんど英訳されることがなく、英語圏にはあまり知られることがなかったのである。それに対して、シュモラーより前に活躍したカール・マルクス(1818-1883)の著作には英訳がある。
 
 10年以上前のことになるが、英語圏のマルクス経済学者の国際会議用論文に対してコメントを寄せる機会があった。マルクス経済学の現状や将来展望を書くはずになっていたので、全体主旨に沿って論文構成を変更して、現代のマルクス経済学者の研究についても加筆するように助言した。そのうえで、日本でもマルクス経済学研究が行われているので、英語で発表されている日本人の仕事についても言及してはどうかと示唆し、2人の日本人の名前をあげた。
 
 7~8ヶ月たって、同論文の改訂版が公刊された。私のコメントはほとんど生かされていたものの、日本のマルクス経済学研究は完全に無視されていたので驚いた。それから半年後くらいに、別の英語圏の研究者(国籍は違う)にそのことを話して、「なぜ日本のマルクス経済学者の研究を無視するのか」と問いただした。すると、それは「彼らが、マルクスの英訳を使わないからだ」と言われた。
 
 数学を使ったり実証分析を行ったりするマルクス経済学者たちから、『資本論』第1巻の和訳と英訳の間にあるギャップについて聞いたことがあった。1980年代前半のことだが、すっかり失念していて、自分で確認したのは1990年代末だと思う。例えば、和訳では「価値形態論」とドイツ哲学を反映したような翻訳が、英語では「value equation(価値方程式)」と数学的発想が導入されて翻訳されているのである。ドイツ語からの翻訳上のギャップがあるだけではなく、英語と日本語の間の言語文化障壁もある。主流派経済学の場合には数学や統計学を使うので言語文化障壁は低くなる。それでも大学院生時代、数学を使わずに日本語で議論する場合には、英語で表現するとどうなるかをいつも考えるようにと叱咤する教員がいた。簡単なことではないので、英語文献はできる限りたくさん読むようにしてきた。それを踏まえれば、マルクス経済学に限らず、数学をあまり使わない経済学分野についても、遅くとも大学院生時代から英語文献や英訳を読みこなし、英語で書くトレーニングを積まなければ、英語を使う研究者たちとの学術交流は困難だろうと思うのである。
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