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2020-04-16 18:40

最近の習近平指導部への試論五論

松本 修 国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
1 はじめに
 4月15日、中国は2016年以来5回目の「全民国家安全教育日」を迎えた。2015年7月に制定された「国家安全法」に規定された国家記念日であり、香港やマカオを含め中国全土で「国家安全」(国家安全保障)に関する学習・啓蒙活動が行われた。他方、2月以降毎週水曜日の開催が定例化されていた中国共産党の「最高意思決定機関」である中央政治局常務委員会会議の開催は確認されなかった。何か不具合発生に伴う日程変更があったのであろうか、ここに至る注目事象を以下紹介したい。

2 馴染みのない「国家安全」概念
 中国語の「国家安全」とは、日本語の「国家安全保障」とほぼ同義である。ただし、その意味が完全に一致していることはなく、中国のいう「国家安全」は対外的脅威だけではなく、中国共産党の統治体制に対する国内からの脅威への対処も包含しており、日本を含む西側諸国とは概念が異なっている。過去に遡ると、第1期習近平体制(2012年~17年)成立当初の14年1月には中国共産党に「中央国家安全員会」が新設された。同委員会の主席には習近平総書記、副主席には李克強総理と張徳江全人代常務委員会委員長(当時)が就任した。当時の資料によると、中国が構築すべき「国家安全保障」システムには政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、インターネット、核、生態、資源の11個もの広範な領域が含まれるという。しかし、今回の「COVID-19」新型肺炎の蔓延に対し、この「国家安全保障」委員会が活動したという事実は確認されていない。過去の拙稿で何度も言及したように、中国の防疫活動の「司令塔」となったのは「中央疫情対応工作指導小組」(組長:李克強総理、副組長:王コ寧中央書記処筆頭書記)という臨時機関であった。一体何が問題だったのか。

3 「生物安全」領域の欠落
 2月17日の拙稿で指摘したが、14日に開催された中央全面深化改革委員会で習近平は、「防疫活動で暴露された欠点と不足」を是正する方策の一環として公共衛生分野における法治の強化を打ち出していた。具体的には「伝染病予防法」や「野生動物保護法」等既存の法律改正を目指すと同時に、「生物安全法」(中国語 バイオ・セイフティ法)の迅速な成立を促すというものであった。今回の「国家安全保障」教育・啓蒙活動に合わせて出された資料によると、既に2019年10月には「生物安全法」(草案)が全人代常務委員会の審議に初めて付されていたという。先述した国家安全保障に関わる11個の重要領域に「生物安全」概念が欠落していたことになるが、従来の「危機管理」体制における重大な問題点を糊塗するための言い訳にもみえる。しかし、最近の習近平指導部は、国内外における「COVID-19」蔓延を奇貨として「危機管理」体制の一層の強化を図っているのだ。細部観察していこう。

4 「経済安全」対策
 4月10日、習近平は、安全生産に関する重要指示を出した。同指示によると、疾病状況の改善に伴って中国全土で再開した生産・操業活動においては「安全な生産」を目指して監督・管理を強化し、企業の主体的な責任意識を定着させ、人民大衆の生命財産の安全を維持しなければならないという。さらに習は「生命は泰山(中国の高峰)より重い」とし、「安全な発展という理念を確実に打ち立て、発展だけを重視して安全を顧みないということは絶対に許されない」、「(安全を顧みない事象を目の当たりにして)痛くも痒くもないという態度や、形式主義・官僚主義も許されない」と強調したのである。この指示を伝達するため同日、北京で全国安全生産テレビ電話会議が開催された。会議を主宰したのは国務院安全生産委員会主任の劉鶴副総理、同副主任を務める国務委員(副総理級の閣僚)の王勇、趙克志(兼公安部長)らが出席した。ちなみに安全生産委員会の恒常業務を担当する弁公室(事務局)は応急管理部に置かれている。同部長(兼党委員会副書記)の王玉晋の「行方不明」状態は継続中であるが、副部長(兼党委員会書記)の黄明が弁公室主任業務を代行している模様であり、応急管理部の活動はショーアップされてきている。また、「習近平一派」で「経済ブレーン」とされる劉副総理は15日、やはり主任を務める国務院金融安定発展委員会の会議を開催し、実体経済における中小企業の発展支持と資本市場における投資者保護を訴えており、今後の国際経済情勢不安定化に対する金融出動が準備されている。

5 「社会安全」対策
 4月7日、趙克志公安部長は全国公安機関廉正政治建設会議の席上、警察など隷下の公安隊列が「絶対的な忠誠心と純潔性、信頼性を確保せよ」と檄を飛ばし、「周栄康(元中央政法委員会書記で公安系統の実力者、職権乱用等で逮捕)や孟宏偉(前公安部副部長兼海警局長、収賄罪で逮捕)らが流した害毒の影響を徹底的に粛清しなければならない」と強調したのである。わずか2日後の9日にはさらに、趙克志部長(兼党委員会書記)が自ら主宰した公安部党委員会拡大会議が開かれ、全国の社会治安秩序の安定確保の徹底が図られた。具体策としては11日、公安部インターネット保衛局が「浄網(インターネット浄化)2020」活動を開始し、中国の防疫活動等に関してネット空間に蔓延るデマや違法犯罪の取り締まり・撲滅に乗り出したのである。このようにみてくると、中国の公安系統には依然として「社会安全保障」国内治安を脅かす不純な傾向や勢力が存在しており、治安当局が対応に苦慮していることが伺える。

6 おわりに
 4月15日の香港紙各紙によると、中国ではロシアと国境を接する黒竜江省や、沿海地方の広東省で依然として疾病の発生・再燃がありながら、3月から延期されていた「両会」(全国人民代表大会、全国政治協商会議)の開催が5月10日前後に計画されているという。今回「国家安全保障」の強調は、その準備作業の一環であろうか、今後の動向が注目される。
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