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2020-07-20 17:13

中国の水害対策をめぐる動向等

松本 修 国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
1 はじめに
 中国共産党は7月17日、「最高意思決定機関」である中央政治局常務委員会会議を開催した。同会議は5月19日以来ほぼ2か月振りに開催されたものであり、主要議題は6月末以降深刻化している水害対策であった。水害対策としては
既に6月28日、7月12日と習近平党総書記の重要指示が出ていたが、今回重要会議を敢えて開いたのである。以下、今回の会議の内容等を中心に最近の中国の政治動向を紹介したい。

2 今回の政治局常務委員会会議の内容
 同会議を主宰した習近平党総書記は「洪水対策は人民の生命財産の安全、食糧の安全、経済の安全、社会の安全、国家の安全に関わる」とし、「本年は小康社会の実現、貧困脱却のための年であり、また第13次5か年計画の最終年でもあり、洪水対策をしっかり行うことが重要である」と指摘した。さらに習総書記は「5月19日、政治局常務委員会会議を開き長江中流・下流の水害状況を重視するよう関連部門に要求した」ことを初めて明らかにした。これは過去の拙稿(5月16日)で指摘したが、これまで確認されていたのは14日の常務委員会会議であり、翌15日の政治局全体会議と併せて第13期全人代第3回会議(22~28日)の準備活動であった。こうした習総書記のショーアップ作業は、年初の「COVID-19」対策でも行われていた。当初の報道では1月20日の重要指示発出が防疫活動の起点とされながら、内外からの初動対処の遅れを指摘(批判)された習総書記が「1月7日、政治局常務委員会会議を主宰し、防疫活動について要求を行った」ことを2月15日に公表したのだ(2月17日付拙稿参照)。このような「後出しじゃんけん」作業を繰り返してまで習総書記は一体、何を懸念しているのであろうか。確認された最近の特異動向をみていこう。

3 中国の特異動向
(1)6月26日付の共同通信の報道によると、中国の習近平指導部が共産党・政府機関に勤める党員に対し、家族との会合を含むプライベートの時間に習総書記の地位をおとしめ、党・政府に批判的なウェブサイトの閲覧を禁じる内部通知(5月20日付)を出していたという。同通知は、職務時間外の20の禁止事項を列挙し、例えば習氏の地位を否定する発言をしたり、党幹部らを皮肉ったりしてはならないと規定。故郷で同窓会を行い、同級生や職場仲間を集めてグループを作ることも禁じたとされる。残念ながら、こうした通知の存在を公式報道や香港報道では確認できなかったが、中国当局が共産党員の活動制限や言論統制を強化していることがうかがえる。では、これら運動を主管する党中央組織の現状はどうなのか。
(2)7月8日、中国共産党の中央政法委員会は全国政法隊列教育整頓試行工作動員会議を開催し、同委員会隷下の「両高三部」(最高人民法院、最高人民検察院、公安部、国家安全部、司法部)所属の人員に対し、全国的かつ全面的な「教育整頓」運動を開始すると発表した。同会議を主宰した陳一新・政法委員会秘書長は「(同運動は)骨から毒を削ぎ落す自己革命であり、党と人民から信頼され、これらを安心させる政法鉄軍を作り上げなければならない」と強調した。具体的には、本年10月にかけて地方の政法機関を対象に試行し、その成果を基に2021年から全国的な運動を行うという。そして、この運動の原点が2019年1月に開催された中央政法工作会議であり、同会議における「政法機関は敢えて刃を内側に向け、骨から毒を削ぎ落して集団に害を及ぼす輩を徹底的に排除しなければならない」という習近平党総書記の発言であることが示されたことから習近平の懸念は何なのか。それは5月末の全人代会議で法制化が予告され、それからわずか1か月間の審議・諮問活動でスピード成立させ、7月1日から施行した「中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法」(以下「香港国安法」と略する)であり、その中国本土への「バックファイアー」(逆流)効果であろう。

4 「香港国安法」施行における中国の懸念
 この2か月近くの「香港国安法」をめぐる議論は本稿で繰り返さないが、特に倉田徹(立教大学教授)氏の諸論稿は大変参考になった。しかし、同法や、1990年発布の「中華人民共和国香港特別行政区基本法」(以下「香港基本法」と略する)の逐条解説に傾注する論稿は、いつの間にか中国の「法律戦」へ巻き込まれていることを忘れてはならない。そこで、ここでは香港における「国家安全維持」をめぐる論点を明らかにしたい。
(1)7月8日、「香港国安法」第5章に規定された「国家安全維持公署」が香港に開設された。同「公署」(英語ではoffice)には中国本土の公安部と国家安全部から職員約300人が派遣されるという。当初は選抜された要員が派遣されるであろうが、自由で開放された香港の経済・社会情勢に常時接して「腐敗汚職」の温床となる可能性は否定できない。その防止のために中国から「紀律検査・監察」要員が追加派遣されるとしたら「本末転倒」の事態であるが、習近平指導部の懸念は今後深まっていくと思われる。
(2)そして、香港特別行政区における既存の中央政府連絡弁公室、外交部連絡事務所に加えて「国家安全維持」事務所が成立したが、これら諸機構を統制・管理する部門は一体どこなのか注目されよう。単純にみれば、7月6日に新設された「香港特別行政区国家安全維持委員会」(主席:林鄭月ガ行政長官)の顧問(英語ではadviser)に就任した駱恵寧が主任を務める中央政府連絡弁公室になろう。しかし、同組織はあくまでも表面上のものであり、実質的な権限は全く報道されない「香港特別行政区党委員会」(仮称)にある可能性は高いが、その存在の有無とともに、駱主任が同党員会書記を兼ねているか否かは今のところ明らかでない。
(3)ここで過去の返還前の香港における中国共産党の代表組織についてみると、それは新華社通信香港支社であった。トップは許家屯・同支社長(香港マカオ工作委員会書記)。1983年、江蘇省党委員会第一書記(当時)から香港に赴任した許支社長は鄧小平の指示の下、英国との香港返還交渉を支援した。しかし、1989年の天安門事件に際し民主化活動を「愛国的」と支持、その武力鎮圧に反対したため米国亡命を余儀なくされた。その後30年近く米国に滞在したが2006年死去(享年100)し、その遺灰は漸く故郷の江蘇省に葬られたという。青海省、山西省の各党委員会書記を務めた駱恵寧の経歴から、彼を許家屯の存在に重ねる論調もみられるが、それは今後の駱の動静次第であろう。筋金入りの共産党員経験から来る矜持によって中央に異を唱えた許支社長と、今の駱主任の存在感を比較したらレベルが全く違うと指摘したら言い過ぎであろうか。

5 おわりに
(1)「香港国安法」の制定・施行後の対中論調が喧しいが、この事象をもって中国が今後台湾、尖閣諸島、沖縄本島に押し出して、いわゆる「戦狼外交」を展開すると予測する論稿には苦笑せざるをえない。例えば、対中強硬派と見なされる評論家の石平氏が「習近平政権になった後、・・中国外交にはかつての戦略性やしたたかさは跡形もない」とし「このような戦略なき『気まぐれ外交』を進めていくと、中国の国際的孤立はますます進み、中国にとっての外部環境の悪化がますます深刻化していく」と強調し、その「四面楚歌」外交の末路に懸念を表明しているからだ(7月18日付Newsweek)。また、これ以前にも朝鮮戦争開戦70周年の6月25日、中国から何らかの論評が示されるかと注目していたら、大々的に報道されたのは5月にオランダの動物園で誕生したパンダをめぐる習近平国家主席と彭麗媛夫人によるオランダ国王夫妻との祝賀メッセージの交換という「パンダ外交」の展開であった。
(2)年初から「COVID-19」の対応に忙殺され、夏季に入るや長江など主要河川の水害に見舞われている中国にとって、最重要課題は中国共産党の一党独裁体制維持という「内政」問題であって、ここを見誤ってはならない。この7月18日から始まった香港立法会選挙(9月6日投票)の候補者受付動向とともに、中国政治の流れを冷静に見ていく必要があると考える。
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