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2020-10-16 18:55

ゴーンどころではないレバノンの政情不安

宇田川 敬介 作家・ジャーナリスト
 カルロス・ゴーンが世紀の逃亡劇を繰り広げたことを皆さんは覚えているであろうか。そのゴーン氏の逃げた国、つまり「安全で快適な楽園であったはず」のレバノンが、今は窮地になっている。なぜ、ゴーン氏はレバノンに行ったのか。レバノンという国家は、国内の宗教的な対立によってイスラム教シーア派系、イスラム教スンニ派系、キリスト教系の三つの宗教に分かれていることで、絶対的な権力者がいなかった。また、元はフランスの植民地でルノーのトップであった自分の権威が通用すると思ったことだろう。なにより、レバノンで影響力があるシーア派系のテロ組織ヒズボラは反米であり日本の手立てが少ないことから、日本から逃げるには最高の環境であると判断したのではないか。
 
 しかし、そのレバノンは、8月の「港湾倉庫における飼料物質爆発事故」によっていきなり政変が起きた。絶対的な権力者がいないということは、このような「有事」に対して脆弱であることを意味する。なんにでも、会議や打ち合わせで決めなければならず、リーダーシップが働きにくい。各宗教団体の意思統一がなければ何もできないということだ。大統領がキリスト教、国会議長がシーア派、内閣がスンニ派というふうに指導力が分散すると、そのまま物事が停滞することになるのだ。
 
 爆発事故によって、爆発物を杜撰な管理のもと長期間放置していた政府に対して国民の不信感が高まった。国民がデモを起こして内閣に責任を負わせようとしたのは当然であろう。一方、現実としては、各宗教派閥の調整によってしかものを動かせないレバノン政治にあって、取り急ぎ、政治的動きのない港湾施設の事物を軽視したのは、組織構造的におかしくはない。つまり、シーア派が爆薬の生成のために硝酸アンモニウムを輸入した場合、キリスト教の大統領やスンニ派の内閣には対応できないのである。その調整が面倒であると思っていれば、内閣はさっさと辞任してしまい、次がなかなか次は就任しないということになる。レバノンで先月26日、新首相に指名されたばかりのムスタファ・アディブ氏が就任辞退を表明したのにはこういう背景があるわけである。
 
 内閣がすでに数カ月不在になってしまったため、旧宗主国であるフランスのマクロン大統領が視察との名目で介入し世話を焼いているにも関わらず、フランスが求めた9月中旬の組閣期限を過ぎても内閣総辞職を表明したハッサン・ディアブ政権が麻痺したまま、新内閣発足のめどが立たない。レバノンは、位置的にも中東の最も問題のありそうな場所で、ここを沈静化させることは非常に重要である。フランスが介入しているうちはまだいいが、従来レバノンは外圧に弱い傾向があり、ロシアや(イランを通じて)中国が干渉し、レバノンそのものの独立が危ぶまれる状況はさけなければならない。紛争化すれば、イランを中心にした反米運動やイスラエル問題などに大きく影響する。日本にとっても、もはや、「ゴーン」どころではなくなってしまうのである。
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