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2007-07-28 01:02

連載投稿(2)省エネ推進のためのトップランナー方式

池尾愛子  早稲田大学教授
 張氏は、中国企業が対外直接投資に関してもつ優位性を2つにまとめた。第1は、政府の奨励とサポートであり、第2は、技術面よりも、大規模生産と低コストによる高い企業競争力である。中国企業は、後発組であり、また自主技術がほとんどないという背景があるので、海外投資を通じて、技術や市場の面においての競争優位を獲得して維持することが重要である、と考えられている。張氏も指摘するように、第1点は諸外国の多国籍企業と大きく異なる点であり、張氏はふれなかったが、諸外国から警戒される主原因でもある。第2点からは、優れた技術を海外で獲得して、本国に持ち帰り、豊富な労働力と結びつけたいとの政府と企業の一体化した想いが透けて見える。対日投資についても具体例が紹介され、それらは技術や経営マネジメント・ノウハウの獲得を目的とするといってよい。

 張氏がまとめた中国の対外投資の問題点も興味深い。第1は、中国では外貨管理や為替規制など制度上の制約が多いことである。フロアからは、中国への海外直接投資も大きく規制されていることが指摘された。第2は、インセンティブ(誘引)構造を欠く企業制度と企業行動についてで、「中国の国有企業では、一般的に責任・権限・所得の関係が不明確で、成功しても何もなく、失敗しても責任は取らないという傾向がある」とされた。第3は、中国企業の経験不足と準備不足に起因するもので、「海外に工場や販売拠点を作ると駐在員を常駐させなければならないが、中国の会社はその場合の人材をほとんど抱えていない」ことである。第4に、中国企業が買収する企業は、累積赤字をかかえ経営建て直しが困難な企業が多いことがあげられた。第5は、中国(国有)企業が海外の企業を買収しようとすると、政治的な介入により阻止される事例が発生していることであり、中国海洋石油がアメリカの石油会社ユノカルの買収を断念した例があげられた。とくに第2と第3の諸点が、他国の人々にとって中国企業の行動を予測することが困難な原因になっているように思われる。また、ユノカルの買収は、資源確保というよりも、経営マネジメントのノウハウを獲得するために企図されたとはいえそうである。

 張氏の論文では、「海外直接投資が増え、海外での生産や販売が拡大すると、…貿易摩擦はある程度緩和され、解決の一助になると思う」と展望された。しかし、エネルギー資源の獲得に奔走し、内外でエネルギー効率の低い機械を使ってエネルギー効率の低い製品を造って販売・輸出を続けるのであれば、エネルギー価格は高騰して、エネルギー安全保障の確保はより困難になるであろう。それを回避するためには、エネルギー効率の低い製品を市場から駆逐しなくてはならないのである。そして、一見大胆に見える方策を取ったとしても、省エネ製品の普及には時間がかかることは十分に認識されるべきである。

 例えば、日本のように、トップランナー方式――自動車の燃費基準や電気製品等の省エネ基準を、それぞれの機器において現在商品化されている製品のうち最も優れている機器の性能以上にするという考え方――を採用しても、製品の買い替えのタイミングでトップランナー方式が活かされることになり、その省エネ効果は時間をかけて社会全体に広く行き渡ることになる。中国でエネルギー効率の改善が進まない状況をみると、トップランナー方式を採用しなければ、2006年からの5年間でGDP原単位あたりエネルギー効率を20%向上させるという計画目標も達成できないように思われる。北京シンポジウムにおいて、省エネ推進のためのトップランナー方式を発表の中で紹介し、全体討論において中国での採用を奨励したところ、日本の参加者から賛同をえただけではなく、韓国の参加者の関心も引いた。中国の研究者・政策担当者にもその重要性が理解され、実行に移されることを期待したいと思う。(おわり)
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