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2021-06-16 21:10

現代中国の盲点ー最近の習近平体制の明暗

松本 修 国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
 6月16日付の読売新聞によると、中国の習近平国家主席(共産党総書記)は15日、68歳の誕生日を迎えた。権力集中を進める習氏は、来年秋の第20回党大会で「68歳定年」という慣例を破り、長期政権を踏み出すことが確実視されているという。そもそも中国要人の誕生日等個人情報が明らかにされるのは稀である。しかし、新潮新書『同い年事典』(2009年)をみると、1953年生まれの政治家には英国第73代首相を務めたトニー・ブレア、e-論壇の常連寄稿者である船田元氏がおられる。また、習氏の一つ上の政治家にはロシアのプーチン大統領(69歳)、一つ下には安倍晋三前総理や志位和夫日本共産党委員長(いずれも67歳)がおられる。これら陣容をみて気付くのは、政治家には「定年(制)」など存在しないということではないか。先の読売新聞記事は「中国共産党の指導者は、5年に1度の党大会を開催する時点で68歳以上であれば、党のポストを引退するのが習わし」であり、「2018年に国家主席の任期制限(2期10年)を廃止」した習氏は「党役職の不文律にも従わず、最高指導者の座を占め続けるとみられる」というが、「習わし」や「不文律」に習氏が縛られることはない。国家主席の任期は憲法から外したが、中国共産党規約には総書記の任期が明記されてないからである。ここに現代中国を見る上での「盲点」があると小生は考える。以下、最近の習近平体制の明暗をみながら、その「盲点」を可能な限り浮き彫りにしてみよう。

 先ずは対外的な側面からである。昨年来、月1回開催が定例化されている中国共産党の政治局会議は5月31日、いわゆる「1人っ子」(中国語:独生子女)から「3人の子」(同:三個子女)へと産児制限を緩和する決定を審議した。これ自体は重要な政策転換の象徴であり、稿を改めて分析したい。問題は内外のメディアが一斉に取り上げた政治局会議の後に開催された第30回集団学習会の中身である。学習会の席上、習近平自ら、中国の国際的なコミュニケーション活動(中国語:国際広播工作)の強化と改善を訴え、「真実の、立体的でパノラマのような中国像を明示せよ」と強調したのである。習氏が発した言葉をネットから拾っても「我が国の総合国力と国際的な地位に整合した国際言語(話語)権の形成」、「信頼され、愛され、尊敬される中国イメージ形成への努力」とか「友人を広げ、大多数と団結して味方とし、中国を知り友達にする国際世論における友達の輪(朋友圏)の恒常的な拡大」等々、近年のソフトでもハードもない力とされる「シャープパワー」の発揮や、「戦狼外交」と称される強硬な対外発信に慣らされてきた小生からすると、“全くよく言うよ”というのが率直な感想であり、これが従来の(対外)宣伝戦の強化の一環なら決して目新しいものではない。しかし、米国のバイデン政権発足後初のロシアとの首脳会談が行われる中、中国としても米中首脳会談の開催、その準備が焦眉の問題であるから、習近平の主張は準備の着手・指示とも見えなくはない。他方、「親方思いの主倒し」というか現場の外交当局の主張は何ら変わっていない。先進7か国首脳会議(G7サミット)けん制を狙って6月11日、米国のブリンケン国務長官と電話会談を敢行した中国の楊傑チ党中央外事工作委員会弁公室主任(政治局委員)は台湾問題、香港問題、新疆ウイグル問題などで対米批判を繰り返し、「本当の多国間主義とは小さなサークルの利益に基づき、集団政治によるニセの多国間主義ではなく、多国間の名の下で単独主義を行うことではない」と強調したからである。

 次に国内的な側面をみてみよう。中国の「端午節」という短期休暇にあたる6月13日早朝、湖北省十堰市の市場でガス爆発事故が発生し、死亡者12人・重傷者37人が確認された。習近平の反応は早かった。今回の事故の「教訓は深刻だ。直ちにケガ人を救護し、死亡者・傷者の親族に対する善後処置をとるとともに、原因の早急な解明と責任の厳格な追及を実施せよ」との重要指示を発出した。そして習氏は「最近、全国の多くの場所で生産安全事故や学校安全事件が発生しているが、各地域と関連部門はこれら事件から類推して実態をよく理解し現実の責任をしっかりと押さえ、政治的な鋭敏性を強めなければならない」とし、「安全上隠れた危険を全面的に調査し、重大な突発事件の発生を防いで人民大衆の生命と財産の安全を保障し、社会の大局の安定を維持せよ」と現地の湖北省のみならず、全国へ発破をかけたのである。しかし、ここでも「親の心子知らず」か習近平が感じる危機感は伝わらず、要人の対応は異なっている。習氏とともに重要指示を出した李克強総理は「最近の安全事故は依然として多発の勢いを呈しており、国務院安全生産員会や応急管理部は各地域を督促して重点領域の安全監督と隠れた危険の調査を行わせ、重大・特大事故の発生を断固として抑えよ」と厳命したが、当の本人は翌14日から北京を離れて吉林省視察に出てしまった。筆頭副総理の韓正(総理代行)の動静は不明であり、側近とされる肝心の国家安全生産委員会主任を兼務する劉鶴副総理まで「洞ヶ峠を極めこむ」姿勢、要は習の追加指示待ち、情勢の進展を模様眺めするだけの日和見主義堅持なのだ。

 以上、最近の習近平体制の明暗をみてきたが、「笛吹けども踊らず」というのが今の中国の実態であると小生は推論する。このような状況下、従来の「習わし」に従って、習近平は定年制に基づき政治的な引退を目指すであろうか。中国のトップに就いた2012年以来「2期10年」という政治生命で、自らが志向した政策も人事もままらない状況を目の当たりにした習近平が、2022年以降も「続投」を目指すのは自然の流れではないのか、我々は熟考する必要がある。
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