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2021-09-15 20:27

現代中国の盲点五論:「林彪事件」発生50年をめぐって

松本 修 国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
 9月14日の読売新聞の報道によると、「1971年に中国で毛沢東に対するクーデターを企てて失敗した林彪・元共産党副主席が、航空機でソ連へ逃亡中に墜落死した事件から、13日で50年となった」が、「中国の主要官製メディアは、文革(文化大革命)の破綻を示した事件を黙殺した」という。いわゆる「九一三事件」と称される事件は、1966年から始まった文化大革命の中から抬頭し、「毛沢東主席の親密な戦友、後継者」(党規約に明記、後に削除)として認定された林彪元帥(当時 共産党中央軍事委員会副主席も兼務)が、息子の林立果空軍作戦部副部長ら側近が作成した「五七一工程紀要」(「五七一」は中国語でWuqiyi=武起義、すなわち武装蜂起、クーデターを暗示)に基づき、毛沢東暗殺・権力掌握を狙ったが失敗してソ連逃亡を図り、モンゴル領内に墜落死したというものである。小生は、こうした報道に接するまで「林彪事件」発生50年という中国現代史の節目に気付かなかった。2021年に入り、7月1日の中国共産党創設100周年をあれだけ熱狂的に喧伝する一方、年初来の華国鋒生誕100周年(2月)、文化大革命開始55年(5月)、文化大革命を否定した「歴史決議」採択40周年(6月)を習近平指導部は一貫して「スルー」、冷淡に扱ってきたのだから、今回「林彪事件」発生50年が「黙殺」されたとしても驚くには当たらないであろう。問題は小生が倦まず説いてきた、新たな「歴史決議」の策定・討議・採択なのである(7月3日付拙稿等参照)。

 8月31日、中国共産党中央政治局会議が開かれ、第19期中央委員会第6回総会(6中総会)を11月に開催し、「党の百年にわたる奮闘の成果と歴史的な経験を全面的に総括する」という問題を重点的に研究することを決定した。同決定を報道した9月2日付の読売新聞は香港紙・星島日報を引用し、11月の6中総会で「『歴史決議』に相当する新たな文書の作成を討議するのではないかとの観測」があり、「党の歴史を総括する『(歴史)決議』に準じるものを採択する可能性がある」とした。政治局会議の5日前になる26日、中国共産党中央宣伝部は「中国共産党の歴史的使命と行動価値」と題する文書を公表し、中国内外における共産党の貢献をフレームアップした。しかし、その基底は7月1日の中国共産党創設100周年祝賀式典における習近平の演説に過ぎず、言わば「提灯持ち」の宣伝文書である。小生が想定するのは、もっと内容豊富で、一定の「歴史評価」を行う「新歴史決議」文書である。

 例えば習近平指導部は今後、1981年以降40年間の歴史における8回の党大会(政策と人事)開催、その中での「六四」反革命暴乱の発生と鎮圧、「社会主義初級段階」における「社会主義市場経済」の推進、ブルジョア自由化・精神文明汚染に対する「社会主義精神文明建設」・「社会主義文化」の発展、さらに鄧小平、江沢民、胡錦涛ら歴代指導者の政策に対する功罪評価を行う必要があるのだ。しかし、こうした歴史的な評価が40年間も全く存在しなかったから、先述した凡庸な中身の党中央宣伝部文章が公表されてから巻き起こった「左派」(保守派)同士の「泥仕合」批判・反批判騒動が発生することになる。すなわち、最近の習近平の「左傾化」路線を「経済、金融、文化、政治における深い変革もしくは革命だ」、「これは党の初心・社会主義の本質への回帰だ」として絶賛した左派作家の論説を、「まるで改革開放に別れを告げるような言い回しだが誤りだ」、「国家の市場監督・管理措置に対する誤読と曲解だ」と別の左派評論家が批判したのである。そして、党中央宣伝部が主管する機関紙「人民日報」は9月8日、一面トップに「監督・管理の規範と発展の促進の堅持では両方重視し、両方しっかりと行わなければならない」と題する評論員論文を掲載し、社会主義制度においても「民営企業など非公有制経済の地位と役割、その発展を支持・誘導する方針と政策、発展のための良好な環境醸成とチャンス提供の方針と政策は変えない」(三つの不変)と明確に主張し、極端な「左傾化」路線を否定した後者の主張に軍配を上げたのである。しかし、共産党中央がお墨付きを与える「新歴史決議」文書が現実に策定されない限り、こうした「泥仕合」政治騒動は続くと思われ、慎重かつ大胆なチャイナ・ウオッチが必要となろう。
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