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2024-02-06 11:53

東アジアの近代と企業家

池尾 愛子 早稲田大学教授
 文化交渉学という学問領域において、歴史的資料に基づく国際共同研究の成果『東アジアの近代と企業家:ダイナミックな経済発展のキーパーソン』が昨2023年8月に日本語で公刊されている。編集は金明洙(キムミョンス)と于臣(ウシン)で、韓国人、中国人、西洋人、日本人を含む計8人の歴史家が協力している。研究対象時期は、19世紀後半から20世紀前半にかけてであり、残っている関連史料は決して多くなく、残されている史料はそれなりの功績のある実業家たちの活動を記すものであろうと推測される。

 第一部は、日本の商業会議所、中国の商務商会、韓国の商業会議所の歴史的発展を追うことによって、それぞれに実業界・経済界が形成され、そして各国の民間実業家たちに交流の機会が提供され、さらに3国を超える経済情報ネットワークが展開されてゆく様子を明らかにしている。そして1910年の南洋勧業博覧会(南京)に注目し、そこで三国の一層の情報交換・交渉が行われ、渋沢栄一、張謇、韓和龍など傑出した実業家の活躍があったことを伝えている。辛亥革命(1911年)で中国が混乱しても、民間の交渉・取引は努力して継続させられ、加えてアメリカ留学から帰国して新しい経営管理法の導入も試みられてゆく。「実業」や「実業家」の意味あいが各国で異なり、「公僕」や「新式資本家」と呼ばれることを好んだ人たちもいたことが、レトリックの重要性として指摘されている。

 第二部は事例研究からなる。尼野源二郎は奈良県十津川村で生まれ、大阪の漢学塾泊園書院で学び、大阪と青島でホテル事業を展開し、経済界だけではなく、中国人学者や日本の海軍軍人たちとも交流していた。彼は郷土愛と公共心に富んだ人であった。和聚公と楊翼之は植民地時代に韓国の華商として、華北の商人たちと取引をして商業活動を展開していた。金融家となる陳光甫は江蘇省鎮江生れで、ベルギー人から英語を学び、清国の税関勤務を経て苦学して米ウォートンスクールで学士号をとる。陳は1910年に帰国して政府系銀行に勤めた後、1915年に上海商業貯蓄銀行を設立して成功をおさめ、1945年以降台湾に移るところまでカバーされている。陳は台湾でも歴史研究の対象になっていることを追記しておく。

 第三部では、イギリス在住の研究者たちにより、1910~30年頃(貿易摩擦の時期を含む)のイギリスと日本の綿産業構造と経営管理の相違が検討され、また、渋沢栄一、アンドリュー・カーネギー、ジョン・D・ロックフェラーたちが「より良い社会のためのより大きなビジネス」を構想して実践に移していたことが論じられる。第三部で言及されているのであるが、同じ頃、労働環境の劣悪さが指摘されるようになり、日本では工場法制定・施行(1911年・1916年)へと動いていたことを忘れてはならない。本書は情報量が多くて決して読みやすいとはいえないが、忍耐強く読む価値はあるといえよう。日本語が学術用語として機能していることも感じられる。史料や証拠を提示すれば国際研究集会を催して、言語文化の相違を乗り越えて共同研究成果を生み出すことが可能であることを示す例になると思う。
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