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2024-04-24 08:14

ユーラシア大陸で地政学上の新時代を目指す

西村 六善 元外務省欧亜局長
<はじめに:パックス・ユーラシアーナへの道>
 米国のトランプ氏の行動は米国の孤立主義的傾向を示している。自由民主の価値を共有するとか、同盟政策を進めるといった観念は最早トランプ氏のものではないらしい。同氏が依然として半数近いアメリカ人の支持を得ているという事実は同盟国たる日本としては深刻に受け止めるべきことだ。トランプ氏が舞台から去っても、アメリカ国民の意識は簡単には変わらないだろうから。
 
 この深刻な展望の中で日本の安全保障政策はどうあるべきか?専制中国にどう対応して行くのか?一つの重大なカギはロシアだ。ポスト・プーチンのロシアに働きかけ、ロシア、即ちユーラシアを自由と民主主義のサイドに引き込むことが出来れば日本の安全保障に寄与する。勿論欧州の安全にも大きく寄与する。そして「トランプ的なアメリカの孤立主義」と云う展望にも対応できる。 
 
 仮にロシアが民主化するとNATOは不要になる。ロシアが完全に民主化しなくても西欧各国と友好的な新しい関係を構築できれば欧露不戦条約のような新しい仕組みが可能になる。そうなるとNATOでの任務に就いていた在欧米軍は米国自身の安全保障上の「本丸」であるアジア太平洋に移動できる。これらの新事態は専制中国に対峙する象限では日本と米国の安全保障にとって意味がある。 
 
 要するにロシアが民主化すると欧州、アジア太平洋の安全保障環境が大きく改善される。新たに「パックス・ユーラシアーナ」が生まれる。そして「パックス・アメリカーナ」と一体化する。欧州とアジア太平洋地域はロシアの民主化によって連結した1個の安全保障空間になる。これはNATOからの脱退を強引に主張して欧州諸国を困惑させたトランプ氏に欧州諸国が逆襲し平手打ちを喰らわせる類の話だ。
 
<ポスト・プーチンのロシアは変わるのか?>
 しかし、一体そのような革新的なことは可能か?ロシアが民主化するのか?民主化しないまでも欧米諸国とは友好関係を築く。一体そんなことが可能なのか?  
 
 プーチン大統領の専制支配はいずれ必ず終わる。欧州諸国は不可避的にやってくるこの事態に備えて準備をしている筈だ。 もし、ロシア国民が自由な社会で持続的な成長を手にしようとするなら、西側諸国は全力をあげてそれを支援するべきだ。 どうやらその用意は既に十分ある。一方、中国にとっては専制的ロシアがプーチン大統領以降も継続することが最も重要な国益だからその為に既に様々な工作をしている筈だ。西側は西側の利益の為に工作して非難されることは無い。 
 
 このようにしてロシア、つまりユーラシアは中国と西側のイデオロギーと地政学的な角逐の主戦場になる。その点でウクライナ戦争の帰趨は重大な意味を持つ。この輻輳する混乱の中でロシア国民が自由な体制を目指すなら歴史的な変革が起きる。地政学上の大転換だ。西側は賢明に行動し、その実現に協力すべきだ。 
 
<ロシアの民主化は可能だとする多数の議論>
 実は西側諸国では専制ロシアがいずれ民主化すると云う議論が大規模に行われている。どうやってロシアの民主化を促し、どうやってそれを支援し、どうやって育てていくのかについて既に広範な議論をしているのだ。例えば21年9月の時点で既に欧州議会外交委員会はロシアは民主化できると宣言した。ロシアは民主化は抑々出来ないと云う議論が多い中で、幾世紀にもわたってロシアと闘い同時に共生してきた欧州諸国がその総意として「ロシアは民主化できる」と決めたことは重要だ。
 
 筆者自身もロシアの政治体制はロシア国民が多数決で決めれば必ず民主化に向かうと信じている。そのことは世界中のロシア研究者が同意していることであり外ならぬ、プーチン大統領自身がそう信じている筈だ。彼はだからこそ、それを阻止しようとしているのだ。 
 
 多数の専門家がロシアは民主化できると論じている。別段民主化しなくてもロシアが欧州自由社会と対話を開始したら多様な可能性が広がる。リスボンからウラジオストックに至るユーラシアは次第に自由化する。それは当然太平洋を経て北米民主主義大陸と連結する。地球の北半球のほぼ全体が自由民主主義かそれに親和性のある領域になる。 
 
 ユーラシアで自由民主的土壌が根付くと政治面では勿論のこと、経済的な側面でも世界を牽引するエネルギーを生み出す可能性がある。豊富な埋蔵資源やレベルの高い人的資源を目ざして世界から投資が集まる。広大なロシアの領土を基盤とするだけに、長期間にわたる持続成長のポテンシャルが生まれてくる。 
 
<結論として>
 自由ロシアが出現し、それが欧米民主主義国と連携して行く。この展望は空想ではない。安全保障面だけでなく、大きな経済的・商業的機会も拡大基調に自由と民主の脈絡の中で生まれてくることになる。 
 
 パックス・ユーラシアーナの出現は中国が志向する独自の影響圏建設との関係でも意味を持つ筈だ。日本の立場からしてもロシアの民主化は不可欠だ。米国が孤立主義に向かいやすい展望の下では、専制大国中国に対応していく上で自由ロシアの存在は不可欠だ。自由ロシアが自由なウラジオストック港を意味する場合には特にそうだ。
 
 ロシアが民主化しない場合はどうなるのか?想定してかかる必要がある。ロシアの民主化が手間取り、国内が混乱すると中国がユーラシアを支配することになる。これは国際的に多数の論者が指摘している「常識」だ。そうなって仕舞えばトランプ氏の孤立主義のせいだと論難してみても「アトの祭り」だ。兎に角、現代的状況では、中国であれロシアであれ、専制国家にとっては米国が混乱するのは好機なのだ。今後日欧は心して進むべきだ。
 
 最も深刻な事態が日本を襲う可能性がある。ユーラシアが中国の勢力圏になった場合である。我が国の安全保障上、とり取り返しのつかない状況が生まれる危険がある。単純化するとウラジオストックは中国の所有物と化する。こうなれば日本では大幅な防衛費増額論が始まり、国論が分裂する。その結果何処へ辿り着くのか?深刻な展望を持たざるを得ない。 
 
 パクス・ユーラシアーナを目指して行動を開始することこそ日本の国益だ。これは太平洋戦争敗戦後、繁栄する平和国家日本を目ざした国家的努力に匹敵する歴史的挑戦であり機会でもある。日本は米欧の有志国と協力して平和的にことを進め、ユーラシアに地政学的大変革を実現するべきだ。
 
注記:この文章を書くに当たり書籍、日本国際フォーラム編『ユーラシア・ダイナミズムと日本』(中央公論新社、2022年)(https://www.jfir.or.jp/2022/10/18/9228/)に啓発されたことを記述しておきたい。
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