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2025-08-20 18:35

令和の米騒動に寄せて

池尾 愛子 早稲田大学教授
 8月20日に高校の同窓会講演会において、村井正親氏(独立行政法人 国民生活センター 理事長)の「戦後日本の農業の課題を決定づけた三つの制度について」と題する話を聴く機会があった。氏は、長年農水省において政策課題に向き合ってこられた。令和の米騒動と呼ばれる現状に鑑みて、戦後の農業政策を振り返り、食糧管理制度、農業協同組合制度、農地制度が「米作の構造問題」と呼べる状況をもたらしたとの考察を披歴された。「あくまで個人的見解に基づくものである」と断られていたが、同感する専門家は少なくないと思う。

 講演を聴いて、大学院生時代(1980年代前半)の授業の後の懇談を思い出していた。経済学者の荒憲治郎氏は、当時政府が組織していた(生産者米価と消費者米価をそれぞれ決める)米価審議会のメンバーであった。荒氏は決して自分の意見を学生たちに表明することはなく、学生たちに考える材料を提供するような話し方をされていたと記憶する。同審議会に参加していた経済学者は2人で、荒氏はそのうちの一人だったので、今となっては話を聴けたのは貴重な経験ではないかと感じている。審議会では多くの資料が配布されていたようであるが、同資料はほとんど公開されていなかったのではないだろうか。

 1920-30年代の米穀政策研究の方が書きやすい。1918年に(最初の)米騒動が起こった後、各研究者が米穀問題に取り組んだだけではなく、1924年に農業経済学会が設立された。1933年には、一方で米穀統制法が制定され、米の最低価格と最高価格が毎年、米の生産費、家計費、物価などを考慮して、公に決定されることになり、米は半管理体制下におかれた。他方で日本学術振興会内に第六小委員会が設置され、米穀政策の理論的ならびに実際的研究が組織的に促進された。農林省米穀局は『米穀要覧』により研究者たちにデータを提供していた。米の不作(供給減少)による価格上昇が米の需要の増加そして不足感をもたらすことも知られていた。ある財の価格変化の需要への効果は、代替効果と所得効果に分けられる。代替効果によれば、価格の上昇は他財へのシフトをもたらし需要の減少につながるが、所得効果によれば価格の上昇は実質所得の減少をもたらすのである。米の場合には、価格変化による所得効果が大きいということになる。大川一司は「米の需要構造」(1941)において、2000の家計簿記入世帯の調査から、米需要量の所得弾性係数が一般的に負であることを見出した。米価が上がり、物価(米価のウェイトは大きい)が上昇して実質所得が下がると、米需要の増加に結びつきうるのである。八木芳之助の『米価及び米価統制問題』(1932)によれば、米の生産は1929年において日本の全産業の生産額135億円のうち12.8%を占めていた。

 2025年は、「食糧管理法」(1942年制定)が1995年に廃止されてから30周年にあたる。令和の米騒動の原因の分析は必要である。それと同時に、政府が持つ米に関するデータベースを自由な政策研究のために、研究者に公開すべきではないか。需要予測についても、趨勢(トレンド)や人口動態にだけ頼る分析をしているのではないと思うので、その需要予測の手法についても公開すべきではないか。インバウンド旅行者の動向を予測要因に含めるべきであるとの意見はすでに聞こえている。品質が多様であるという特徴を米が持つことは1930年代から指摘されていた。市場調査を含めて米の需要予測に必要なデータの作成にも注力し、データを研究者に公開して、自由な需要予測、政策提言を促進すべきではないだろうか。
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