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2008-03-30 07:54

基軸通貨ドルのゆらぎとカーボン本位制の可能性

古屋 力  会社員
 いま基軸通貨のドルがゆらいでいる。世界の通貨体制はこれからどうなるのであろうか。ユーロがスタートしたのが1999年、あれからそろそろ10年がたつ。一時はその誕生さえ疑問視されていたユーロがこうして立派に成長している姿を観ると、欧州人たちの粘り強い歴史構築への姿勢と実行力に心の底から敬服したい気持ちになる。現状の世界の通貨のシェアは、おおざっぱに俯瞰すると、ドルが70%、ユーロが25%、肝心の我々の円は一時は15%くらいまであったが、なんとも残念であるがいまやジリ貧である。今後のトレンドとしては、ユーロが益々そのシェアを伸ばしてゆくであろう。しかし、だからといってすぐ半分以上になるとも思えない。

 国際通貨に、もしも資格審査制度があるとすれば、その信頼性、安定性、持続性が資格審査上の重要な要素となろうが、いまやドルはその基本的要件において相当点数を下げてしまっている。そもそものケチはエンロン事件の時点でつきはじめている。その欺瞞性が、アメリカの経済システムと監視システムへの信頼を一気に瓦解せしめた。そして、9・11事件を契機としたそれ以降の一連の軍事行動によって、覇権国家アメリカの威信と品格がゆらぎ、経済だけでなく、政治・外交面でも失点があいついだ。そして、昨年来のサブ・プライム問題である。そもそもは米国内の国内問題であったはずの低所得者向け住宅貸出債権の不良債権化が、証券化というマジックを通じて世界中の金融機関の資産を毀損し、世界経済を深刻な信用縮小の危機に直面させている。この出来事は、米国内の貧困層、いわゆるサブ・プライム層の問題だけではない。アメリカの国家自身が「サブ・プライム」に転落する危険をも内包している意味で深刻である。同じく、米国の気候変動等の地球環境問題への対応も、稚拙で、欧州のそれとは大人と子供の違いを感じる。いまでこそ、ようやく世界の潮流に乗り遅れまいと、秋の大統領戦を視野に入れつつ、気候変動に関する議員立法も多数喧伝されるようになってはいるが。

 最近、そんな国家が発行する通貨が基軸通貨であり続けること自体が深刻な問題であるとして、新たなパラダイム・シフトの必要性を唱える識者の意見も多く聞く。しかし、そうそう基軸通貨の変更は簡単ではないし、いわゆる「イナーシャ(慣性の法則)」も働いている。問題は、ドルに代わる基軸通貨が不在であることである。成長拡大過程にあると言われているユーロとて、5割になるのにも相当時間を要しよう。本質的な問題は、一国の通貨を基軸通貨とする仕組み自体にもはや限界が到来しているということである。ニクソン・ショック以降、ドルは糸の切れたタコのように、輪転機を回せば回すだけ世界中に流動性をたれ流してきた。いまや、世界中にばらまかれたドルの流通量は、アメリカ一国の流通量の何倍もの量になっている。その過剰流動性が、かつて1997年にアジア通貨危機を引きこし、今度は米国内でサブプライム問題を引き興している。どちらの犠牲者も、罪のない貧しい地域や人々である。そして、世界中の金融機関に、毒入り餃子と同質の悪質なリスクを撒き散らし、世界同時金融危機の懸念まで引き起こしている。我々人類に知性があるのであれば、そして、学習効果という言葉が健在であるのであれば、こういった資本の無秩序な暴挙を、二度と繰り返してはなるまい。我々はこの事態の本質の深刻さに気付かねばなるまい。

 仮にユーロがドルに代わる基軸通貨になる時期が来ても、それはかつてドルがポンドに代わった物語の焼き直し以上の意味があるであろうか。基軸通貨を発行する一国が、その「シニョリッジ(基軸通貨発行益)」を享受し、その通貨覇権国家に世界の富が集中するシナリオが、延々と「主人公」を変えながら、デジャブのように繰り返され、また同じ過ちが行われてゆくだけである。そこには人類の進歩はない。単に「主役」の顔が交代するだけである。その、奥底に通底している世界経済の本質的な病魔が解消するわけではない。では、いかにしたら、国際通貨体制自体に内在している矛盾や問題を解決できるのであろうか。幾つかの選択肢はあろうが、究極的にはケインズが「バンコール」の概念でもって問題提起した「世界共通通貨」の創設が良いヒントとなろう。これは決して絵空事でも、たわごとでもない。いまや、地球環境は、バック・キャステイングの考えを人類に求めている。もうポイント・オブ・ノー・リターンがすぐそこまで迫っている。もう不毛な基軸通貨の世代交代劇を許容するほど時間的猶予はないのである。

 それでは、新しい通貨はどのような形が望ましいのであろうか。人類が共通に重要だと認識できる有限な一定の制限された価値を持つ「財」に担保された貨幣でなければなるまい。その「財」とは何か。筆者は「地球環境」だと考える。具体的には何か。それは「カーボン」だと考える。つい先日、英国のブラウン首相は「炭素銀行構造」を発表した。この構想には長い伏線がある。ニコラス・スターン卿のレビューを依頼したのは他でもない英国の財務省であることを想起しなければなるまい。英国は環境を金融の文脈の中で読み解いている。いまや、この、「世界共通通貨」の創設に向けての大きなパラダイム・シフトの槌音が、はるか地球の裏側の欧州から既に聞こえてきている。
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