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2008-08-21 18:25

北京五輪で「中華民族百年の夢」は実現するのか?

増田雅之  防衛省防衛研究所教官
 第29回夏季オリンピック(北京五輪)は政治的色彩を強く帯びたものとして記憶されることになりそうである。開幕に至るプロセスでは、2008年3月14日に発生したチベット「暴動」を契機として、世界各地でチベットの人権状況を問題視する国際世論が広がり、聖火リレーは中国への抗議活動の場となった。また、中国国内では新疆ウイグル自治区などでイスラム教徒中心の勢力によるものと思われる漢民族へのテロ襲撃事件が頻発し、中国社会が不安定化する現状を内外に示すこととなった。加えて、「ひとつの世界、ひとつの夢」をスローガンに掲げる北京五輪の開幕式では過剰な演出が明らかになり、結果として「ひとつの世界」ではなく、「中国異質」論を一部に惹起することとなってしまった。

 多くの中国人にとって、北京五輪を開催することは「中華民族百年の夢」であった。なぜなら、オリンピックは「世界でもっとも参加が広範で、もっとも影響が深遠な文化体育活動」(胡錦濤)であり、それを開催することは、中国の大国化・台頭を国際社会にアピール・認知させる契機となるからである。1908年、ある教育家が天津の新聞に「わが国はいつオリンピックに参加し、いつメダルを取り、いつそれを開催できるのか」と書き、弱体化した当時の国情を嘆いた。それからちょうど百年後、「中華民族百年の夢」がついに実現したのである。

 すなわち、1840年の阿片戦争以降に侵略され「植民地化・反植民地化」されてきた歴史の記憶を脱し、世界の舞台に「大国」として登場することを国際社会に認知させることが「中華民族百年の夢」ということである。事実、北京五輪の開幕を報じた中国各紙はそろって「夢」の実現を讃えていた。例えば、『北京青年報』の社説は、北京五輪の開幕式は「世界の億万の人々に短時間の間に中華文化の精髄を理解させ、中華民族の誇りと自信を感じさせた」と強調していたのである。

 しかし、「中華民族百年の夢」は過剰なまでの統制のもとで、「実現」されていると言わざるを得ない。メダリストの会見で、欧米の記者がチベット自治区や新疆ウイグル自治区の問題を取り上げると、「スポーツと無関係」として司会者が質問を拒否する。北京五輪の開催前に約束されていた海外メディアの「報道の自由」は、「夢」実現のために規制強化にかわった感が強い。8月14日の北京五輪組織委員会の定例記者会見では、海外の記者から「報道の自由」が保障されていないとの異議申し立てが相次いだ(『中国新聞』8月18日)。

 また、北京五輪期間中に北京市内にデモ専用区を設けると表明していた北京市は8月1日以降、労働争議、医療問題、福祉などの問題77件のデモ申請を受け付けたが、18日時点で1件も許可していない(共同通信、8月18日)。加えて、「安全五輪」のスローガンのもと、地方から北京への陳情者の拘束が相次いでいるのである。「中華民族百年の夢」としての北京五輪の政治的喧伝が盛んな一方で、それとの不調和音が内外で確実に大きくなっており、夢の実現はそう簡単ではないようである。
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