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2008-09-26 18:27

北京五輪後の中国は不安定化するのか

増田雅之  防衛省防衛研究所教官
 英国誌『エコノミスト』(9月13-19日号)は、北京五輪終了後に中国社会が不安定化する見通しを指摘する記事「五輪後は混乱が焦点となる」を掲載した。すなわち、北京五輪の閉幕によって、「安全五輪」のスローガンのもとに、抗議活動や騒乱が「中断」していた状況も終了して、中国社会の問題が改めて顕在化する、との見通しを示したものである。事実、9月3日には湖南省吉首市で、高利で資金を集めた不動産開発会社が約束した元利返済ができなくなったことにより、出資者が同市の上部機関の湘西トゥチャ族ミャオ族自治州政府に陳情に押しかけ、翌4日には再び出資者が集まり、幹線道路をふさぎ、駅を占拠する事件が発生したのである。香港の中国人権民主化運動情報センターによれば、この事件で数千人の市民と数百人の武装警察が衝突し、50人が負傷し、約20人が拘束されたという(中央通訊社、9月5日付)。

 こうした状況を鑑みれば、胡錦濤政権が本当の困難に直面するのは、北京五輪後のこれからかも知れない。民族問題についても同様である。中国の民族問題は、近現代中国の「独立の道」や「富強の道」のなかで蓄積されたものであり、北京五輪によって覆い隠すことができたとしても、解決されるものではない。近現代中国が他国から侵略される可能性を排除して「独立の道」を歩むためには、中国の外縁に位置する少数民族地域の地政学的重要性は際立っていた。また、経済発展を推し進めて「富強の道」を歩むためには、石炭・石油・天然ガスという天然資源が豊富に存在する少数民族地域の開墾・開発が不可欠となる。

 たしかに、中国が「富強の道」を歩むなかで、少数民族地域の経済水準も向上してきたが、そのプロセスにおいて少数民族地域への漢民族の流入が進んだ。新疆ウイグル自治区や内モンゴル自治区では漢民族と少数民族の人口比が逆転してしまい、少数民族は土地や雇用機会を失うだけでなく、文化破壊への危機感を募らせてきた。3月に生起したチベット「暴動」や北京五輪前に顕在化した新疆ウイグル自治区での一連の「テロ活動」は、こうした状況への「少数民族」の危機感が爆発したものであった。これまで、共産党政権は、経済を発展させることを第一義的な目標とする少数民族政策を実施してきたが、チベットや新疆での事件は、こうした政策が破綻していることの証左かも知れない。

 2007年のチベット自治区の国内総生産額は、年率14%の成長を実現し、はじめて300億元を突破して342億元となった。また、農民一人当たりの純収入も14.5%の伸びを記録して2,788元となり、張慶黎・同自治区党委員会書記は「大変喜ばしい」と語っていたが(中国広播網、3月13日)、その直後に「暴動」が発生したことは、共産党政権にとってはまことに皮肉であった。経済発展という手段だけで少数民族と漢民族との間の対立の構図を解消していくことは困難と言わざるを得ず、北京五輪という「百年の夢」から覚めつつあるいま、政権は国際社会の注目が集まる状況で、対立の構図に向き合わねばならない。
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