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2008-10-13 01:38

中国でインターネット民主主義革命(フィクション)

亀山 良太  自営業
 2018年11月、中国北京市。勤務を終えた陳建栄は、肌寒い中、家路を急いでいた。途中、「共産党打倒」と書かれたプラカードをもった若者たちを横目に通りすぎて、高層マンションの自宅にたどりつくと、すぐにテレビのスイッチを入れた。政府高官が汚職を追求され、苦しい弁解をしている。別のチャンネルでは、原子力発電所の移転をめぐって喧々諤々の討論が行われていた。陳建栄はたいくつそうに「まだやってるのか。民主主義っていうのは面倒くさいな」とつぶやいて、娯楽番組にチャンネルを切り替えた。

 長い間、中国共産党は単独政権を維持するために、情報をコントロールし、民意の発生を予防することに専念していた。1980年代まで、それは見事に成功していた。1990年代後半になるとインターネットが登場し、政府は普及に力を入れたが、今思えば、これが間違いだったかもしれない。インターネットは民意起爆装置だったのである。それに気づいたのは、インターネットが一般に普及した21世紀になってからのことだった。あわてた政府は、天安門事件などの検索を遮断し、サイトの検閲など規制をしてみたものの、規制が通用するのはしょせん中国国内に限られる。インターネットはパスポートなしで外国へアクセス出来るから、そんなものは何の規制にもならなかった。いったん発言権を得た網民(ネットプレイヤー)たちのパワーはとどまるところを知らず、腐敗政治への不満が高まり、政府としてもネット民意を無視するわけにはいかなくなってきた。

 2008年の6月、ネット民意に市民権をあたえる出来事が起こった。当時の胡錦涛国家主席が、人民日報のネット掲示板に「みなさんの提案や意見にわれわれは非常に関心を持っている」との発言を行い、網民たちと交流を行ったのである。たちまち網民たちから「人民的好主席」と持ち上げられた。胡錦涛はこの時代にあって、すでに今日の民主化を予感していたから、中央政府に火の手があがる前に、腐敗役人との対立を明確にし、網民たちの側に立ったのである。気づいてみると、政府は窮屈になっていた。なにしろ、民意に押されるのは初めての経験だったから、どう対処していいものかわからなかった。匿名の網民相手では取り締まることも出来ず、コーナーポストでパンチを浴びせられるボクサーのようだった。政府の打ち出す政策は民意を意識せざるを得なくなり、次第に民主主義的な方向に旋回をはじめたのである。

 それから10年が過ぎた。この間、民主化の流れは止まらなかった。どこでどう変わったというより、漂流していたら、いつの間にか民主主義という地点に流れ着いていた。革命記念日があるわけでもなく、今でも共産党の看板はかけかわっていないが、体内の血液はすっかり入れ替わった。一部の共産党原理主義者たちは残存しているが、もはや野党の様相を呈している。若者たちの反政府デモはファッション化し、政府もほほえましく眺めているだけだ。時代は大きく変わった。インターネットが民意を起爆し、網民たちが政治を変えた。それがよかったのか、悪かったのか、それは後に歴史学者が検証するだろう。ただ1つだけ言える事は、我々はそういう時代に立ち会っている、ということだ。

 2021年の年の暮れ、陳建栄は興味なさげにテレビの音声だけを聞いていた。上海オリンピックの誘致をめぐって、費用と効果の議論が行われていた。「まだやってるのか。いつも議論ばかりで決まらないじゃないか。民主主義っていうのは面倒くさいな」。チャンネルを切り替えると、いつものキャスターの声が聞こえてきた。「わが国で起こった網民たちの民主主義革命、それは歴史上初めての暴力をともなわない革命でした。わが国で起こった革命は、同じことがロシアでも起こり、やがて世界中へと広がりをみせました」。
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