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2008-12-13 12:35

(連載)失われた「幸福な情景」を求めて(1)

古屋 力  会社員
 我々日本人は我々の身体の中に宿っているDNAにもっと誇りをいだいてもいいかもしれない。秋の夜長、渡辺京二の『逝きし世の面影』を読みつつそう思った。この本に、とあるオランダ人の日本への感想のくだりが書いてあった。正直言って、驚いた。当時、西洋人がそれほどまでに日本の文化に敬意を払い、しかもその本質を洞察し、それを西洋文明で汚すことを謙虚に躊躇していたのかといたく感動した。長崎で海軍伝習所教育隊長をしていたオランダ人のカッテンディーケ(Huijssen van Kattendijke)が、1859年に祖国に帰るときに残していった言葉である。彼は、こう言っている。「自分がこの国にもたらそうとしている文明が、果たして一層多くの幸福をもたらすか、自信がない」と。

 彼自身は、西洋文明の優越を感じ、自負しながらも、日本を開国して、いわゆる西洋流の「進歩」をもたらすことの弊害に、躊躇しているのである。この本で感動するのは、日本を訪れた多くの異邦人が、異口同音に、日本を「美しい国」と称し、日本人を「幸福そうだ」と形容していることである。そして「この国の質朴な習俗」とともに、その「飾り気なさ」を讃美し、この国土の豊かさを見て、「いたるところに満ちている子供たちの愉しい笑声」を聴き、「幸福な情景」に神聖なものさえ感じ、感動しているのである。それは決して太古の我々の祖先のものではなく、つい最近まであった、身近な日本人の情景なのである。それでは、はたして現代日本にその「幸福な情景」はあるのだろうか。

 今年2月の『エコノミスト』誌「日本特集」号は、日本にとって衝撃であった。なんと言ってもタイトルがすごい。「JAPAIN」である。JAPAN(日本)とPAIN(痛み)の合成語である。不快な形容ではあるが、よくもまあ、こういった表現を思いつくものである。「日本の失われた10年の幽霊が、アメリカに出没して悩ませている」という書き出しで始まる、痛烈でまさに日本にとり痛い(painful)分析である。「なぜ日本は、失敗し続けるのか」と題するこの特集記事は、多くの示唆を我が国に投げかけている。この痛み(pain)は「世界からの評価低下に苦しむ日本」の痛みであると総括している。

 これを読みながら、ふと思った。かように昨今は、「JAPAIN」等の日本批判に始まり、日本人自身の中にも「ジャパン・パッシング」やら「ナッシング」やら、妙に自虐的なことを言う輩も散見するが、はたして本当にそうだろうかと。決して日本人は、悲観や自信喪失に陥る必要はないと思う。先ほどのオランダ人のモノローグではないが、西洋人も犯しがたく感じるほどの「幸福の風景」を、ついこの間までの我々1人1人の祖先はしっかり持っていたのである。温故知新ではないが、あまりに多くのことを捨てすぎてしまった我々日本人にとって、表層的な物質的な豊かさに目を奪われることなく、いま一度自分たちの先祖の日常の生き方にそのヒントを探すのも、価値ある作業ではないかと思う。(つづく)
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